今でもわけがわからない。
4年前、前の職場で働いていたときの話。
季節は冬に入った頃、かなり寒くなってきた頃だった。
その時、少し難しい案件の見積依頼を受けていて、担当者である自分一人だけが夜まで事務所に残っていた。
見積書の提出期限が次の日の朝だったからだ。
深夜1時を廻った頃、ふと見たら窓ガラスに誰かが張り付いていた。
事務所はビルの8Fフロア。
窓ガラスはそいつの周辺だけ、真っ白に曇っていた。
両手を押し付けて、赤い服を着ているように見えた。
曇ったガラス越しでぼやけているので、詳しくはわからない。
押し付けた両手と同じ高さに顔があって、輪郭が白くぼやけていた。
張り付いている奴は荒い呼吸をしているらしく、口のある辺りだけ、窓の曇りがやたら濃くなったり、薄くなったり。
何がなんだかわからないまま、呆然とそれを見ていたら、そのまま後ろに倒れるかのように、べり、と剥がれて居なくなった。
疲れて夢でも見てるんだろうか?と、漠然と思ったけど(もしかして今のは、いわゆる幽霊というやつでは?)と考え出したところで、やっと恐怖を感じるようになった。
今のはなんだったのだろうと思って、あの窓ガラスに近づいていった。
曇った部分に触ろうとした時、向いの鏡張りのビルが目に入った。
俺のいるフロアの真上の窓に、さかさまに張り付いている人間らしき姿が見えた。
首を伸ばして、上から俺を覗きこんでいるような格好だった。
俺は弾かれたように事務所を逃げ出したんだ。
深夜で電車も無かったから、始発までコンビニに逃げ込んで、ひたすら立ち読みして始発に乗って家へ帰って、テレビを点けてソファで震えていた。
これ以降は後日談も何もない。
誰にも話さなかったし、別に何も起こらなかったから。
ただ、本当に不思議な経験だった。
あの髪の無い、つるっとした白い後頭部と、長い首が忘れられない。
でも最悪、顔を見なくてよかったとも思う。