笑えるコピペ保管庫

クスッと笑えるコピペたちを集めています。

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「 黒歴史 」 一覧

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マ○コ出身

マ○コ出身

小学生のとき友達からマ○コという言葉を聞いて
気になったので母に「ねえねえマ○コってなぁに?」と尋ねたら
「あなたはね、そこからでてきたのよ。」と教えてくれた。
次の日の授業で、先生が「あなたたちはどこ出身かわかりますか?」と質問した。
いつも一番に手をあげる優等生だった俺は
「はーい マ○コです マ○コ!」
俺の人生は崩れ始めた。

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粗末な布

粗末な布

2006年5月7日にSSAで19歳の誕生日をコンサートで迎える紺野あさ美の為に、一部の有志が企画した聖誕祭イベントの為に用意され、配布された応援の為のアイテム。

その安っぽさの所為か”粗末な布”と云う名称が瞬く間に定着する。

一説に依ると「サイリウムより視的効果が高い」らしいが、それがどの程度のものかはまだ確認されていない。

企画者の意図とは裏腹に、過去の卒業イベント等の様な盛り上がりを見せるどころか、ステージ上からは田中れいなが言及した以外、他のモーニング娘。のメンバーからは無視され気付かれなかったほか、紺野のファンからも批判されるなど、単に失敗と看做されるどころか、伝説として残るであろう企画となった。

扨て、公式発表に依るとこの企画に使われた金額は”22万円”程と言われ、そのうち主催者が出費した額は”2万円”だけであった事から彼の人望が垣間見える。

因みに各種メディアではこの布を、ピンクの”ハンカチ”と記述していた中、粗末な”布”と正確な報道をした報道機関は僅かであった。

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魅力的な口調

魅力的な口調

オネエさん的な口調が魅力的だろうなと思い、

「~なさい」とか「かしら」を使っていた学生時代。

私を嫌うグループからは、ハードレズとかゲイバーとか呼ばれて最悪だった。

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ロイター通信

ロイター通信

1 名前:俺投稿日:

[ワシントン 21日 ロイター]

21日未明、T県某市で母親が俺の部屋から、俺が厨房の頃に描いた自作エロ絵を発見し父親に通報した。

父親は、思春期の男の子にありがちな過ちだとして家族会議の開催を見送った。

俺の証言によると絵の総数は60枚で、ほぼ全てが昔のクラスメイトや女友達を題材にしたものであり、作品毎にモデルの名前も書いてあった。

絵は全てが卑猥なもので、中には丁寧にフキダシのセリフ付きのもあったという。

その後の証言で、俺は「エロ本を買う金が無かった。可愛いクラスメイトの裸を見たいという欲望を満たすには絵を描くしかなかった。」などと供述した。

俺は、去年の8月にも父親にパソコンの中から10GBにわたるエロ動画を発見され、小遣い半額処分を受けたばかりだった。

(ロイター)

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1999

1999

小学3年の夏、友達の家にあった雑誌で、初めて『ノストラダムスの大予言』を読んだ。

1999年、地球は滅びる。

その頃はまだ1980年代。

と言うことは、まだ私が20代の時に地球は滅びる。

まだ10歳にもならない私は、かなりショックを受けた。

その日から毎晩1日もかかさず、寝る前、神に祈った。

最初は、布団の中で両手を合わせて祈った。

(神様、地球の滅亡をとめてください)

そのうち、祈る姿勢が悪いとダメかもしれないと考え、布団の上に正座して祈るようになった。

(神様、1999年の地球の滅亡をとめてください)

そのうち、ずっと同じ方向ばっかり祈っていると違う方角の神様が気を悪くするかもしれないと考え、毎日、東西南北変えて4回祈った。

(北の神様、1999年の地球の滅亡をとめてください)

(東の・・・)

そしてそれは、いつの日か8方角8回になった。

(南西の神様、1999年の地球の滅亡をとめてください)

祈りはどんどん進化し、それぞれの方角に変わるたびに両手を高くふりあげてお辞儀をしたり、そのお辞儀も各祈りの前1回、後2回という具合に増えていった。

その他、細かいルールがどんどん増えていき、最後の方では祈り終わるまで軽く5分はかかっていた。

夏なんか、うっすら汗ばむほどの運動量だった気がする。

こんな事を小学校を卒業するまで、約3年半毎日かかさず続けた。

親には

「また始まった・・・」

と気味悪がられ、弟には

「くるくる地蔵」

と馬鹿にされた。

それでも(こんな家族をお許しください!神よ!)みたいな気持ちで祈り続けた。

修学旅行の時もやった。

幸い、友達は減らなかったが、かわいそうな目で見られていたような気がしないでもない。

現在、地球が無事なのはイタすぎる小学生の頃の私のおかげだと思う。