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ちーちゃんのマリ

ちーちゃんのマリ  

少し長いですが、お付き合い下さい。

今から20数年前の話です。場所は東京都下H市。
当時、私は中学1年、大きな幹線道路から少し入った所に住んでました。
家の前には幅4~5mの小さな道路。
舗装こそされてはいましたが、車も滅多に通らない文字通りの静かな住宅街でした。

家の前、通りを挟んで向かい側のアパートが在り、そこに千里ちゃんという4つか5つ位の女の子がいたんです。
千里ちゃんは、とても色の白い黒眼瞳のぱっちりした可愛い子で、皆に「ちーちゃん」と呼ばれていてました。
詳しい事情は知らないのですが、ちーちゃんの家は母子家庭で、お母さんは幹線道路沿いのヤマ○キパンの工場で働いていました。

近所に同年代の子供が居なかったのか、ちーちゃんはよく独りで遊んでいました。
縄跳びしたり、蝋石でアスファルトに絵を描いたり。
マリ撞きの上手な子で、ピンク色のゴムマリを撞く音がリズム良く、ポンッ!ポンッ!って延々、聞こえ続けるなんて事もありました。

兄弟の居なかった私は、そんなちーちゃんを妹の様に思い、たまに遊び相手をしてあげたりしてました。
と言っても中学生と幼児ですから、一緒に絵を描いたり、駄菓子屋さんでアイスを買ってあげたりするくらいでしたけどね。
断っておきますが、私は炉梨趣味は有りません。

むしろ、ちーちゃんのお母さん、今思えば、20代後半くらいでとても綺麗な人でした。
長い黒髪を無造作に後ろで束ねて、 化粧ッ気も無く、清楚な優しい感じの女性。
年上の女性に憧れがちな年頃の私は、「いつも遊んでもらって、すみません。」と笑顔で言われるのが嬉しかった訳です。
ちーちゃんも私の事を「お兄ちゃん」と呼んで懐いてくれていました。
通りに面した私の部屋で暇そうに、ちーちゃんの様子を眺めていたりしていると「お兄ちゃ~ん、遊ぼぅ~!」って・・・。

あの日は、ちょうど今と同じ位の季節。夏休みに入って間もなくの、とても暑い日でした。
私は朝から宿題をするつもりで机に座っていたのですが、あの頃は各家庭にエアコンなど望むべくも無く、
暑さにグゥ~ッタリしていると、いつもの様に「お兄ちゃ~ん、遊ぼぅ~!」と、赤いリボンの麦藁帽子を被ったちーちゃん。

宿題は午後から図書館でも行けば良いやって事で相手をしてあげる事にしました。
お絵描きやら、マリ撞きやら、ひとしきり遊んで、ふと時計を見ると12時半を過ぎていました。
いつもなら、ちーちゃんのお母さんは、お昼前には一旦帰って来て、ちーちゃんと一緒にお昼ご飯を食べて、また午後の仕事に戻るはずでした。
私もお腹が空いてきましたし、そういえば昨日父親が珍しくパチンコで勝ったとかで持って帰ったチョコレートとかのお菓子が有ったなと思い、
ちーちゃんに「ちょっと待っててね。」と言い、家に取りに入った時です。

「千里~!遅くなってゴメンねぇ~」
通りの向こうに、お母さんの白いワンピース姿が見えました。
「アッ、お母さんだ!!」
ちーちゃんは言うが早いか飛び出して・・・。

キキキキキィィィィーーーーーーーーーッ!! ガンッ!
その日、幹線道路で工事をしていたため、渋滞を嫌って裏道を抜けようとしたトラックでした。

キャァァァーーーーーーー、千里、千里ぉーーっ!
私は靴も履かずに表へ出て駆け寄りました。
トラックの二つの後輪に頭を突っ込むように倒れているちーちゃんが居ました。

小さな手足が、時々ピクッピクッっと痙攣するように動き、タイヤの下には赤黒いシミが広がって行きました。
お母さんは、私に気付くと両肩にしがみつき
「なんとかしてぇ~~っ!なんとかしてくださぁ~いぃ!!」
揺すりながら泣き叫びました。

その時のお母さんの顔は一生忘れないでしょう。
いつも微笑みを湛えた優しい顔は夜叉の様になっていました。
お母さんは、呆然と立ちつくす私から手を放すと、倒れたままのちーちゃんを抱き締め、車の下から引っ張りだそうとしました。

お通夜、お葬式、両方とも参列しました。
お母さんは一気に20歳くらい歳をとったかのように老け込み、お悔やみの言葉にもウツロな眼で力無く頷くだけでした。
あの日、いつもの時間にお母さんが帰って来ていたら・・・。
あの日、幹線道路が道路工事なんかしていなければ・・・。
あの日、私の家側でなくアパート側で遊んでいれば・・・。
いくら悔やんだって、ちーちゃんは帰っては来ません。

それから、しばらくたった蒸し暑い夜の事です。
寝苦しさに目を覚ました、その時です。
身体が動かせない事に気付きました。『ああ、これが金縛りか。』そんな事を考えていると
網戸だけ閉めた窓の外でマリを撞いているような音が・・・。

ポンッ!・・・ポンッ!・ポンッ!・・ポンッ!・・・ポンッ!・・・

『何か変だな?』妙な違和感を感じていました。
そのうち、音が移動した様に感じました。
今度は明らかに部屋の中で聞こえています。
ベッドでなく畳の上に布団を敷いて寝ていたのですが、その足下辺りから聞こえてきます。

ポンッ!・ポンッ!・・・・ポンッ!・ポンッ!・・・ポンッ!・・・

不思議と怖さは感じませんでした。
『ちーちゃんがお別れを言いに来たんだな。』
そんな風に思ったんです。
その時、ずっと感じてた妙な違和感の正体が解りました。
マリの弾む音がリズミカルじゃないんです。
あんなに上手だったのに・・・。

ポンッ!・ポンッ!・・ポンッ!・・ポンッ!・・コロッ・・コロコロコロ・・

失敗しちゃったみたいです。
足下で撞いていたマリが顔の横まで転がってくるのが解りました。
取ってあげようとしたのですが相変わらず金縛りで動けません。
その時、転がってきたモノが・・・。

「お兄ちゃ~ん、遊ぼぅ~!」って・・・。

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