「 月別アーカイブ:2012年12月 」 一覧
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やってくる
漏れにはちょっと変な趣味があった。
その趣味って言うのが、夜中になると家の屋上に出てそこから双眼鏡で自分の住んでいる街を観察すること。
いつもとは違う、静まり返った街を観察するのが楽しい。
遠くに見える大きな給水タンクとか、酔っ払いを乗せて坂道を登っていくタクシーとか、ぽつんと佇む眩しい自動販売機なんかを見ていると妙にワクワクしてくる。
漏れの家の西側には長い坂道があって、それがまっすぐ漏れの家の方に向って下ってくる。
だから屋上から西側に目をやれば、その坂道の全体を正面から視界に納めることができるようになってるわけね。
その坂道の脇に設置されてる自動販売機を双眼鏡で見ながら、
「あ、大きな蛾が飛んでるな~」
なんて思っていたら、坂道の一番上の方から物凄い勢いで下ってくる奴がいた。
「なんだ?」
と思って双眼鏡で見てみたら、全裸でガリガリに痩せた子供みたいな奴が、満面の笑みを浮かべながらこっちに手を振りつつ、猛スピードで走ってくる。
奴はあきらかにこっちの存在に気付いているし、漏れと目も合いっぱなし。
ちょっとの間、あっけに取られて呆然と眺めていたけど、なんだか凄くヤバイことになりそうな気がして、急いで階段を下りて家の中に逃げ込んだ。
ドアを閉めて、鍵をかけて、
「うわーどうしようどうしよう、なんだよあれ!!」
って怯えていたら、ズダダダダダダッって屋上への階段を上る音が。
明らかに漏れを探してる。
「凄いやばいことになっちゃったよ、どうしよう、まじで、なんだよあれ」
って心の中でつぶやきながら、リビングの真中でアイロン(武器)を両手で握って構えてた。
しばらくしたら、今度は階段をズダダダダッって下りる音。
もう、バカになりそうなくらいガタガタ震えていたら、ドアをダンダンダンダンダンダン!!って叩いて、チャイムをピンポンピンポン!ピポポン!ピポン!!と鳴らしてくる。
「ウッ、ンーッ!ウッ、ンーッ!」
って感じで、奴の呻き声も聴こえる。
心臓が一瞬止まって、物凄い勢い脈打ち始めた。
さらにガクガク震えながら息を潜めていると、数十秒くらいでノックもチャイムも呻き声も止んで、元の静かな状態に……。
日が昇るまでアイロンを構えて硬直していた。
あいつはいったい何者だったんだ。
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イモケ様
昔、ばあちゃんの家に預けられてた時、後ろの大きな山にイモケ様って神様を祭る祠があった。
ばあちゃんの家の周りには遊ぶ所も無く、行く所も無かったから、その祠の近くにある池でよくじいちゃんと釣りをしていた。
ある日、じいちゃんとばあちゃんが町に買い物に行くので、俺一人で留守番する事になったんだけど(軽トラなので)する事が無かったので一人釣りに行く事にした。
実は、その池に行くのにはいつも凄く遠回りをするが、2人共いなかったので抜け道をする事にした。
その抜け道は、丁度となりのトトロでメイが潜っていった様な所で、ひと一人抜けられる場所だ。
でも、じいちゃんもばあちゃんも絶対通ってはいけないと言ってた。
(理由は教えてくれなかった)
入り口を囲む様に石が並べてあったが、子供な俺はそんなのお構いなく入っていった。
今思うと完璧に人工的な並びだった。
そうして歩くこと20分、池に着いた。
1時間程、釣りをしていて何気なく遠くの方を見たらチラッと人影が見え、声が聞こえた。
「あきよへほ あきよへほ」
みたいな感じに。
普段、誰も来ない場所なので少し気になり、見に行くことにしたが誰もいなかった。
まぁ気のせいだと思い、釣りを始めようと思っていたら、じいちゃんの軽トラが走ってきた。
俺はじいちゃんが迎えに来てくれたと思い、釣り道具を片付けていたら、物凄い勢いでじいちゃんが車で近づいてきた。
問答無用で車に押し込められ、釣竿もお気に入りだった水筒も、その場に置きっぱなしになってしまった。
何か白い布を被され、絶対出てくるなと言われ、家に帰るまでじいちゃんはずっと何かを唱えていた。
家に着くと、俺を包んでいた白い布をじいちゃんが被り、新しい布をばあちゃんがかけてくれた。
ふと見ると、近所の人達が集まっていて、家は白い布で覆われていた。
あれほどの大きな布をどうやって調達したのか、今思うに、この時の為に用意してあったのだと思う。
そして、ばあちゃんにお風呂に入れられ、少し大きな部屋に連れて行かれた。
知らないお爺さんがいて、何処を通っていったのか、どのくらいの時間かかったのか色々聞かれた。
その後、イモケ様の事について聞いた。
イモケ様は池を守る神様だけど、幼くて一人では寂しいからと、昔は子供を生贄に捧げていたらしい。
その子供が抜け道を通り、イモケ様の所へ行っていたらしい。
しかし生贄とかの時代が終わり、寂しくなったイモケ様は里に下りてきて子供を連れて行くようになり、連れてきた子供が逃げないように足の筋を切り、ずっと自分の側にいさせていたらしい。
それで、イモケ様が外に出ないように石を並べて道を閉じたと言う話だった。
最初は冗談と思って聞いていたが、自分の足を見た瞬間凍りついた。
右足のスネの後ろが切れていて血が出ていたから。
でも痛くはなかった。
いきなりお爺さんが叫んで、白い布を被った人が俺を囲み、ばあちゃんが傷を小さい札?みたいな物で止血してくれた。
このままでは危ないと言う事で、急遽俺は家に帰されることに。
またしても布を被され、じいちゃんの車に乗せられた。
イモケ様は白い物が見えないらしく、布を被れと言う事だった。
(にも係わらず家の中で足を切ったのは、完全に家を覆いきれて無かったかららしい)
布を被る前に見たじいちゃんの軽トラは、黒い部分はわら半紙で隠され、荷台には大量のお菓子が載せられていた。
すごくかっこ悪かった。
そして何事も無く走る車。
俺は、もっと何か起きると思っていたので拍子抜けしてしまった。
ずっと布を被っていたので、つい窓を開けてしまったら外から、
「きよへ」
と声が聞こえたが、じいちゃんは普通に運転していたので気のせいだと思ったが、今度は耳元で
「きよへ」
の声がはっきりと聞こえた。
ここで意識が無くなった。
目が覚めるとばあちゃんの家だった。
ばあちゃんに話したら、全て夢だと言われた。
水筒も無くなってるし、釣り道具も無かった。
この話をしても誰も信じてくれないが、右足に本当に傷が残ってて何年経っても最近出来た傷のように見える。
本当の話なんだけど、何か知ってる人いないですかね?
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北海道のとある峠
五年くらい前、仕事で北海道のとある峠をよく通ることがあった。
その峠は雨が降ると霧がかかるというか、地元ではガスがかかると言うんだけど、その日も雨がシトシト降り、峠自体がモヤっていた。
いつもは峠を下り、海側にしばらく走っていると、霧は無くなるんだけど、その日はずっと霧がかかった状態だった。
視界が悪いし、なんだか嫌だなあと思って運転していると、霧の中にボヤーっと光が見えた。
そういえば、ここにはポツンと公衆電話BOXがあったはずと思いながら走っていると、突然その部分だけ霧がなくなり、公衆電話BOXがきれいに見えた。
すると、中に髪の長い女の人が見えたような気がした。
しかし、もう午前一時を回っているし、街からは相当離れているし、ここら辺にはダムしかないはず。
こんな人里離れた公衆電話BOXに、人なんか居るわけないと言い聞かせ、気にしないようにしようと思っていると、突然携帯が鳴った。
道路は霧でモヤっているので路肩に止めるのは危険だと思い、休憩用のパーキングのとこまで走り、車を停め携帯を確認すると、着信履歴は『公衆』となっていた。
しばらく考えてみたが、こんな時間に公衆電話から掛けてくるヤツはいないだろう。
間違い電話だと思い、車を発進させようとすると、また携帯電話が鳴った。
今度も同じく『公衆』と表示されている。
さっきの公衆電話BOXを思い出し怖くなり、携帯を持つ手が震え、脂汗が背中を伝った。
電話はずっと鳴り続けいている…
気持ち悪いので携帯の電源を切り、車を発進させようと前を見ると、髪の長い女が立っていた。
「うっ!」
俺は息を飲むと体が固まってしまった。
すると、その女はスーっと運転席の横に移動してきた。
一分くらいそのまま横にいて、俺は目だけ右に動かし、その女の動きを見つめた。
メチャメチャ怖いにもかかわらず、目線がその女から離せなくなっている。
すると突然、車の中で、
「私の事…見えてたんでしょ?」
と女の声が聞こえた。
全身鳥肌が立つのがわかった。
そして車の横にさっきの女が居ないことに気がついた。
どこにいったんだ!
俺は心臓がバクバクとなり、もうパニックになり、何も見たくないと目を瞑った。
今度は、
「見えてたんでしょ…」
と、いきなり耳元で吐息がかかる感覚がした。
俺の記憶はここまでしかない。
気がつくとパーキングで朝を迎えていた。
それ以来、昼でも夜でも迂回してその道は通らないようにしている。
みんなも深夜の走行中の着信には気を付けたほうがいいぞ。
特に公衆からの着信ならば。
お前らは気付かなかったけど、向こうからは見えていたかもしれないのだから…
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部屋の隅の少女
大学時代の友人に、やたら金運のいいやつが居た。
元々、地方の資産家の家の出身だったのだが、お金に好かれる人間というのは、こういう人のことを言うのかと思った。
宝くじやギャンブルは大抵当たるし、学生ながらに株をやっていてかなり儲けていて、とにかく使うそばからお金が入ってくるという感じだった。
とはいえ本人はいたって真面目な人間で、そういったお金の稼ぎ方に頼らずに、地道にアルバイトも頑張るやつだった。
その友人から先日、婚約者がまた亡くなったと連絡があった。
『また』という言葉どおり、彼の婚約者が亡くなるのはこれで三度目だった。
大学卒業後、地元に帰り家業を継いだ彼は、事業面ではめざましい活躍を見せていたが、女性との縁には恵まれていなかった。
名家と言える彼の家には縁談はそれなりにくるのだが、話がまとまると、こうして相手が死んでしまうのだ。
「三度目となると、うちに入ろうと言ってくれる女性はもういなくなってしまうだろうな」
電話の向こうで彼は、声に悲しみの色を滲ませてはいたが、それほど落ち込んではいないようだった。
私は学生時代、酒を飲みながら聞いた彼の話を思い出していた。
その話は彼の子供の頃の話だった。
小学校に上がる前の年、家の中で一人遊んでいた彼は、部屋の隅に見知らぬ少女が立っているのに気がついたのだという。
お客様の子かなと幼心に彼は思い、一緒に遊ぼうと誘ってみたところ、少女はこくりと頷いてくれた。
その日一日、彼はその女の子と楽しく遊んで過ごしたが、日が沈むと少女が、
「あたしをあんたのお嫁さんにしてくれる?」
と、問いかけてきた。
「お嫁さん?」
「うん。あたしのこと嫌い? あたしはあんたのこと好き」
「僕も好きだよ」
「じゃあお嫁さんにして。そうしたら、あたしあんたに一生苦労させないから」
そんな会話だったらしい。
彼自身うろ覚えだと言っていた。
少女は嬉しそうに笑って、部屋の外に走り出て行ってしまった。
その夜、家族にその話をすると、誰もお客など来ていないということだった。
そして次の日から、彼の家の事業は業績がうなぎ登りとなり、彼自身にも金運がつくようになったのだという。
「俺の嫁さんは、あの時から決まっていたんだよな。別の人と結婚しようとしたら怒るのは当たり前ってことか…」
嫉妬深い座敷わらしみたいなものなのかなと言うと、どうやら彼のお嫁さんは風俗に行くくらいなら許してくれるようで、そこは救いだと笑っていた。
家の跡継ぎについては、妹夫婦に期待するということである。
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M
幼少時、私は宮崎勤死刑囚に遭遇している。
これまで、このことについて他人に話したことはほとんどなかったけれど、死刑執行された今、もう話題に上ることもないだろうと思うと、ふいに記憶が惜しくなった。
二十数年前、小学2年生の時だ。
幼なじみと近くの林で遊んでいた。
道路のすぐ横が斜面になっていて、そこの土は他と違って粘土質で土遊びにもってこいだったため、私たちの格好の遊び場だった。
斜面は、道路を隔てて中学校と住宅に面していた。
とはいえ繁華街からは遠く離れており、人通りは多くない。
住民以外は滅多に見かけない土地柄だった。
当然、知らない人にはついて行かないようにと教えられていた。
見知らぬお兄さんが、道に迷ったといって私たちに声をかけてきた。
小さな白い車に乗ってきたらしく、地図を広げて、
「○○公園って知ってる?」
と聞いてきたのだった。
お兄さんが探している公園は私たちの通う小学校に隣接していて、この住宅地の中では一番大きな公園だった。
家からは子供の足で20分はかかる。
よく知っている公園なので、私たちはすぐにお兄さんに道を教えることができた。
「やっぱりよくわからないから、車で一緒に乗って行ってくれない?」
「でも、知らない人の車に乗っちゃ行けないって言われてるから」
私たちは断り、もう一度道を説明した。
だが、お兄さんはその場から離れようとはしなかった。
「まだ時間があるから、一緒に遊ぼうよ」
「何時まで?」
「4時に仕事があるから、それまで」
私も幼なじみも時計を持っておらず、5時に消防署のサイレンが鳴ったら帰ってきなさいと言いつけられていた。
知らないお兄さんと遊ぶのに警戒心がなかったわけではないはずだが、4時までと時間を区切られたことに安心したのだと思う。
「じゃあいいよ、一緒に遊ぼう」
私たちは彼を受け入れた。
しばらく3人でしゃがみ込んで土をいじっていたが、お兄さんが
「この崖の奥はどうなってるの?」
と立ち上がった。
粘土質の斜面を上がると木が生い茂り、ちょっとした探検気分が味わえる林になっていた。
「ちょっと見てみたいから、一緒に行こうよ」
誘われて、林の中に入っていった。
大人の足は、子供の踏み入れたことのない場所まで分け入ってしまう。
「この先は行ったことがないから怖いよ」
「今何時? 公園に行かなくていいの?」
と言う私に、彼は
「大丈夫だよ」
と、気にせずどんどん林の奥に進んでいく。
私は不安だった。
大人の目の届く所で遊ぶつもりが、知らない所で知らない人と遊んでは、母の言いつけを破ることになる。
知らない人と遊ぶことがどうしていけないのかきちんと考えもせず、ただ言いつけにそむく後ろめたさが不安の理由だった。
やがて少し開けた所に出た。
花か草かを摘むためだったか、私たちはまたしゃがんで遊び始めた。
3人で車座になり、そこで私たちはお兄さんに名前を聞いた。
お兄さんと私と幼馴染の苗字には共通点があった。
3人とも「宮」の字がつくのだ。
「一緒だね」
「おそろいだね」
そう言い合った。
それで私は彼に親近感を覚え、不安は薄れた。
お兄さんは特に何をするでもなく、私たちが遊ぶのを見ていた。
そのうち私は、妙にお尻がくすぐったくなってきた。
木の枝でも当たっているのかと見てみても、それらしきものはない。
変だな、変だな、と何度か思ううち、それがお兄さんの手のせいだと気づいた。
スカートの下に手をもぐらせて、ブルマーの上からおしりを撫でているのだった。
子どものおしりを触る大人というものが、私には不可解だった。
大人の男の人は大人の女の人のおしりを触るもので、それがエッチなことであると知ってはいた。
そのはずが、なぜ子どもを触るのか、お兄さんの行為が不思議だった。
私は触られるのがいやだと思った。
変な触り方をするからだ。
くすぐるように、こそこそと撫でるのでむずがゆかった。
だが抗議をするのに少しためらった。
大人の女の人は大人の男の人におしりを触られたら怒るものだ。
クラスの男子にスカートめくりをされたら、女子は怒るのが当然だ。
だが、大人が子どもに触るのも同じように怒っていいのだろうか。
このあたりの葛藤は今でもよく覚えている。
この頃はまだ、ペドフィリアというものの存在が今ほど広く認知されていなかったせいだろう。
子どもにいたずらする大人はいるにはいたし、母親たちもそれを警戒していただろうが、私たち子どもには「知らない大人についていかないのは誘拐されて身代金を要求する悪い人がいるから」だと教えていた。
幼児に性欲を向ける大人の存在は子どもたちには隠されていた。
その存在が大きく世間を騒がせるのは宮崎勤事件以降のことだ。
ついに私は勇気を出して声を上げた。
「おしり触ったでしょー」
「触ってないよ」
「触った!」
「いいじゃない、ブルマ履いてるんだから」
驚いたことに、幼なじみも彼のこの言葉に賛同した。
「そうだよ、ブルマ履いてるんだから」
幼なじみは私よりもさらに世知に疎く、幼かった。
彼女には年の離れたいとこがたくさんいたから、お兄さんに遊んでもらうのに警戒がなかったのだろう。
今ならそんな言葉に言いくるめられるわけがないが、幼なじみの援護もあって当時の私は納得した。
これ以上抗議するのも大人ぶっているようで恥ずかしかった。
何度目かの私の「今何時?」攻撃にお兄さんは重い腰を上げ、3人は林を戻り始めた。
私たちは元の斜面に出た所でさよならのつもりだったが、お兄さんは、
「まだ遊べるよ」
と言う。
「お仕事でしょ? いいの?」
「なくなったんだ」
携帯電話の普及していない時代だ。
彼の言い分は不自然だった。
父の姿から、大人にとって仕事は何より大事なものだと思っていた私に、また彼への不信感が芽生えた。
「ここじゃなくて、もっと広い所に行こうよ」
「どうして?」
「ボールがあるから、それで遊ぼう」
彼はゴムのボールを持っていた。
野球ボールくらいのサイズだったと思う。
「○○公園は?」
彼は最初に尋ねた公園を挙げた。
「そこは遠いよ」
「車に乗っていけばいい」
「知らない人の車に乗っちゃいけないって言われてるから」
「もう知らない人じゃないでしょ」
「でも……5時になったら帰ってきなさいって言われてるから」
私の抵抗に比して、幼なじみはあっさりしたものだった。
「××公園なら近いから、そこに行く?」
と彼に提案し、私もその案に妥協した。
彼と遊ぶのが楽しいらしい幼なじみを見ていると、自分の警戒が的外れなように思えてブルマの言い訳同様、彼女に従ってしまった。
車には乗らないと私が強情を張ったので、公園まで3人で歩いた。
公園には時計があった。
正確な時間は覚えていないが、4時は回っていた。
しばらくキャッチボールをして遊んでいると、大きなサイレンが鳴った。
消防署のサイレンだ。
「5時になったから帰らなきゃ。Mちゃんも帰ろうよ」
私は幼なじみに促した。
それなのにお兄さんは、
「まだ明るいから平気だよ。それよりもっと広い所に行こう。やっぱり○○公園に行かない?」
と誘ってくる。
私は刻々と時計の針が5時を過ぎることに落ち着かず、とにかく帰る、と繰り返した。
「Mちゃん、帰ろう」
Mちゃんが誘拐されたらどうしよう、となんとか一緒に帰るよう幼なじみを口説いた。
幼なじみは迷っているようだった。
同じく門限は5時だったが、お兄さんの誘いも魅力的だったのだろう。
私はこれ以上、母の言いつけを破るのはいやだった。
「私、帰る!」
帰ろうとしない幼なじみを置いて、私は走って公園を出た。
早く帰らなきゃ、と思う頭の片隅で、幼なじみを置いてきたことが気がかりだった。
家に帰ると、母が夕食を作っていた。
「おかえりー。だれと遊んできたの?」
「Mちゃんと」
知らないお兄さんのことは言わなかった。
何日か後、部屋で遊んでいる私の元に深刻な顔をして母が入ってきた。
「あんた宮崎さんって知ってる? こんな手紙が入ってたんだけど……」
母の手には、折りたたんだルーズリーフが握られていた。
「あっ! この間、Mちゃんと一緒に遊んだ人だよ」
私はばつの悪い思いをしながら、母に説明した。
母は眉を曇らせながら聞いていた。
「最近見かけない車がこの辺をうろうろしてたけど、その人だったのかもね。あんた宛にこんな手紙がポストに入ってるから、何があったのかと思った。そういうことはちゃんと言いなさい」
「ごめんなさい、車に乗らなかったし、5時に帰ってきたから大丈夫だと思って」
「それはえらかったね。それにしてもMちゃんも無事でよかった」
そう言って、母は幼なじみの家に電話をかけた。
あの後、幼なじみも私の直ぐ後に帰り、同じような手紙が入っていたらしい。
大人たちは真剣な面持ちで何度か話し合いをしていた。
家を突き止められた以上、また会いに来るかもしれないが、今度こそ大人を呼ぶようにと言い含められ、手紙は母の管理化に置かれた。
これが大人の手に渡れば、子どもが心配するようなことはないと思った。
私はそれきりそのことを忘れた。
2年後、私は4年生になっていた。
テレビから連日、幼女誘拐殺人事件の報が流れていたある日のことだ。
お風呂上りにテレビを見るともなしに眺めていた。
相変わらず、宮崎勤容疑者が映っていた。
画面の中から、彼の青白い顔がこちらを向いた。
その瞬間、経験したことのない感覚がぞーっと駆け巡った。
冷や水を浴びせられたような、とはあのような感覚を言うのだろう。
あのときはそんな言葉も知らず、混乱して呆然と突っ立っていた。
「あのときの人だ!」
宮崎勤の顔を見たのはこれが初めてではなく、何度もテレビで目にしていたのに、なぜ今まで気づかなかったのか。
受けた衝撃は言葉にならず、私は黙って自分の部屋へ引っ込んだ。
1人で2年前のお兄さんの顔を思い出そうとしてみるが、はっきりと思い描けない。
色の白い、穏やかそうな印象しか覚えていない。
ただ似ているだけの人だろうか。
だが私はさっきの戦慄で確信していた。
あれは宮崎勤だったのだ。
それから、母に一度、幼なじみに一度、話したことがある。
人に言っても信じてもらえないだろうと思っていたから、打ち明けるのに慎重を要した。
「2年生のときに会ったお兄さんを覚えてる?」
母は、
「あのときの手紙、どこかにまだあるはずだけど。あれが宮崎勤だとしたら、殺されてたのはあんただったかもしれない」
と言って恐怖を分かち合ってくれた。
幼なじみは、
「そうだった? あのお兄さん、山口さんって言ってなかった?」
と反論した。
いずれも、2度は話題にしなかった。
私の勘違いならそれでかまわないのだ。
小さかった私に起こった奇妙な出来事と、例の凶悪犯と接点がないならそれに越したことはない。
普段は忘れているが、ふとした折、4年生の私の体を襲った心底からのショックを思い出す。
あれはなんだったんだろうかと。
あのお兄さんが宮崎勤でないなら、私が受けた感覚はなんだったんだろうかと。