「 月別アーカイブ:2013年01月 」 一覧
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ポコさん
近くの公園に、いつもポコさんという大道芸人みたいなおじさんが週に3回来てた。
顔は白粉か何かで白く塗り、眉毛を太く塗り、ピエロの様な格好でいつもニコニコしてた。
ある日は紙芝居をしたり、また別の日にはジャグリングをしたり、風船で動物を作ったりと多才な人だった。
ポコさんが来る時には、何時も決まってラッパの様な笛で『ポーポー』と音を鳴らしながら空いてる手で小太鼓を叩く。
「だからポコさんって呼ばれてまーす。」
と本人が言ってた。
そのポーポーコンコンの音を合図に近所の子供は勿論の事、中学生や子連れのママさん達も集まるぐらいに人気だった。
それがある日、急にぱったりと来なくなった。
楽しみにしていた子供達は、今日こそは今日こそはと待つも、とうとう4ヶ月たってもポコさんは来なかった。
それから4ヵ月後、ポコさんの笛の音と太鼓の音が公園から聞こえた。
ワイワイガヤガヤと子供達が集まっていく。
私も同様に、友人達とそこへ向かった。
すると公園の中央で笑い声とも叫びともつかぬ、ざわめきが聞こえてきた。
私達がそこに着く頃には、16人ぐらいの子供達がポコさんの前で座ってたが、何故か子連れのママさん達は皆帰っていった。
そして何時もなら『ポコさーん』と声を掛け合っている子供の集団も、不安げに静まり返っていた。
それらの違和感の正体は、ポコさんの顔を見て直ぐ分かった。
事も在ろうに、ポコさんは白塗りの顔に赤い血を目や口から出してるペイントをして、髪の毛を白髪にしていたのだ。
ポーポーコンコンの音を鳴らしながら見開かれた目は血走っていた。
しかし、それも演出の一つなんだろうという思いから、私や友人もみんなの和に入り、座って演目の開始を待った。
それから数分後、その日用意されたのは紙芝居だった。
いつも通りの明るい声で
「さーて、始まるよー。今日の紙芝居はー」
と捲った瞬間、子供達は悲鳴をあげた。
『最愛(さいあい)の死(し)』とタイトルされた赤い手書きの文字。
そして正真正銘の死体の写真(グロでは無く死装束で棺おけに入ってるもの)が紙芝居には掲げられていた。
子供達のあまりの悲鳴に大人が何人か来て、その写真を見つけ、
「おいおい、ポコさん、これはあまりにもひどいよ・・・。」
と言うのを無視してポコさんは話を進める。
さらに捲られた一枚には血まみれの死体(グロ写真)が。
流石に子供達は散散と逃げまわり、2人の大人がポコさんを止めにかかったが、
「お、おーまーえーか!!!」
と大声をあげながら、持っていた太鼓の鉢や笛で叩いて錯乱状態。
取り押さえられて、連絡を受けた警察に連れていかれた。
どうやら、紙芝居の中身は大人が吐く位のものだったらしく、片付けを手伝ったママさんの一人がもどし、伝播したおじさんの一人も吐いた。
あとで聞いた話では、ポコさんの身内で不幸があったとの事だった。
町内の噂では、ポコさんの目の前で起きた轢き逃げ事故だったらしい。
犯人は捕まったものの、やりきれない思いから『壊れた』のだろうとの事だった。
この話には続きがある。
ある朝の5時ごろに、ポーポーコンコンという音を聞いた。
8時ごろ学校に行く為に外へ出たら、公園の方向が騒がしく、向かうとビニールシートで囲まれていた。
いつもの格好のまま、ポコさんは自殺したらしい。
それからというもの、誰もいない公園から笛と太鼓の音が聞こえたとか、朝、家の前の道を誰かがポーコン鳴らしながら歩いてたという噂が後を絶たない。
私も何度か体験しているが、それは何だか悲しい音色でした。
ポコさん、そんだけ奥さん愛してたんだろうね。
でも、やりすぎです。
トラウマになってピエロを見るとそれを思い出すし、子供を巻き込んじゃだめだよ。
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山林のマンホール
学生時代のバイトの話。
といっても、バイト先から帰宅するまでの間の事だけど。
普段は大通りから山林を迂回するルートで帰るんだけど、あんまりバイトが遅くなると山林所有者の私道?ぽい道使って帰るの。
道の途中に変なマンホールがあって、めっちゃ錆てて何の図柄も無いオープナー刺す穴だけある平らなマンホール。
『この下には旧日本軍の忘れられたシェルターが』とか妄想して帰ってた。
ある晩、そこを通ると蓋が開いてて、穴付近に血溜まりの跡のような赤茶けたテカテカの染みでうっすら生臭い臭いと、焚き火?のような煤の臭いがどっからか漂ってくるのね。
たぶん穴から。
よせばいいのに、自転車のライト(乾電池式の車輪回さなくていいタイプ)で恐る恐る中を覗こうとすると、遠い感じがするけど反響でエコーがかった、うっすら演説?してるような声が聞こえてて…
「おい!」
っていきなり声かけられて、ビクっとして振り返るとおまわりさん。
私道に勝手に入った事で怒られるんじゃないかびびったけど、追い払うように、
「こんな時間に危ないから」
って帰された。
帰りつつ何度か振り返ったけど、懐中電灯でこっち照らしてずっと監視するかのように穴の前に突っ立ってた。
ある日、またその道通ったんだけど、マンホールがあった箇所にアスファルトが盛られて無くなってた。
そういや、なんで『おまわりさん』って思ったのかな?
懐中電灯で顔照らされて、逆光でほとんど相手見えなかったんだけど
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肉塊
小さい頃住んでた借家が薄気味の悪い家でね。
近くにお墓がいっぱいあった。
近所では事故や火事が沢山おこっててね。
近くのタバコ屋やってたばあちゃんの家も火事になった。
築何百年かという大きい茅葺き屋根のお屋敷でね。
その家にはタバコ屋のばあちゃんと、その子供のおばちゃんの2人が住んでたんだけど、2人とも火傷程度で難を逃れたのだけれど、焼け跡から巨大な肉塊が発見されたんだ。
その焼けたお屋敷にはどうやら座敷牢があったらしく、消防団が中に入った時には、中でものすごい勢いで燃えてたらしいんだ。
弟の友達のお父さんが消防団やってて、一番に入って行ったから後で聞かせてもらった。
新聞にはその肉塊の事は載ってなくて、居なかった事にされちゃったんだけど、タバコ屋は駄菓子も売ってて、俺が小学生の頃、よくお菓子買いに行ってて、ばあちゃんが古い漫画をくれたんだよね。
ばあちゃんが読まないような少女漫画ばっかりだったから、この本誰のだろうって疑問はあったけど、漫画が結構面白かったから、いつももらってた。
今思えば、その漫画を通して唯一世間と繋がってたのかなって、、、
んで、火事から数週間が過ぎた時に事件がおこった。
火事から数週間過ぎた頃に、その焼け跡に車が突っ込んだのね。
直線道路なのに、どうやったらそこでハンドル切るんだろうって謎な事故で、運転してた20歳の男の人は即死だった。
座敷牢の人に呼ばれたのかなって思った。
それから、そのお屋敷跡の前の道路で事故がまぁ起こる起こる・・・
1年で8件の事故がおこった。
そして周辺で火事も多発し始めて、警察も気がついたのかどうか知らないけれど、座敷牢の人について、聞き込みをしていた時期があったんだ。
ある日、神主さんが焼け跡と近所の無縁仏のお祓いをしてて、そのしばらく後に道路が拡張される事になった。
事故が多発した為だろうけど、その拡張工事がどうにもおかしいんだ。
拡張工事が始まる少し前に我が家は引越したのだけど、近所に住んでた友達の家に遊びに行く時に、数年ぶりにその道路を自転車で通った。
そしたら焼け跡にはアパートが建ってて、普通の光景だったんだけど、その横にトタンで覆われたエリアが道路のど真ん中にあるわけ・・・
それは無縁仏のあった場所で、2車線の道路がいきなりそこで1車線になって、道路の真ん中にポツンと存在してるんだよ。
んで、その前後に道路標識の『黄色にビックリマーク』という意味のわからんのが、10本くらい立ってて、まあ、一目見て異様な光景だったんだ。
だったというのは、現在はそのエリアも取り壊されて普通の2車線道路になってる。
あまりにも気持ちが悪い光景だったので、写真でも撮っておこうかと、使い捨てカメラを持って友達と冗談半分で写真を撮ろうとしてた時に、たまたまそれを見てた近所のおじさんが、ものすごい勢いで怒鳴りつけてきた。
怒鳴りつけてきたおじさんが怖すぎて、俺も友人も一目散に逃げたのだけど、
おじさんは『祟られるぞ!!』って怒鳴ってた。
んで、その後に友人と話をしてて、タバコ屋の火事の話になって、タバコ屋にもうひとり人がいたの知ってる?って聞いたら、どうやらそいつも小学生の時にタバコ屋で駄菓子を買った時に漫画をもらったらしい。
肉塊の噂はお互い知ってたから、あの人の漫画だと思う?って聞いたら、そいつその時になって初めて気づいたみたいで、顔が真っ青になって、漫画はまだ家の本棚にあるからお祓いしてもらわないとって事になった。
んで、友人の家にいって漫画の事を親に話して、近所の神社にお祓いに行く事になった。
そんで神主さんに友人の親が電話で事情を話して、俺と友人は神社に着いた時には神主さんが待ってて、事務所みたいなとこでしばらく待たされている間に、神社に警察がやってきた。
俺も友人も、近所であった事故と火事の事を、覚えている限り、根堀り葉掘り尋ねられた。
神主さんが警察を呼んだのだろうけど、どうやら肉塊の事を聞き出したいのはわかった。
案の定、その話になって、俺も友人も存在は聞いたけど、見たことは無いし、この漫画がその人の物かどうかはハッキリとわからないとしか答えられなかった。
その1週間くらい後に、友人から聞いたんだけど、タバコ屋の横にあった古い無縁仏のお墓に、どうやら肉塊が埋葬されたという話を親がしてたそうだ。
どういう繋がりで、どういう人物なのかは知らないのだけれど、そういう一族がタバコ屋のばあちゃんのお屋敷に居たというのは間違いないらしい。
そして、友人がその後、怖い事を言い始めた。
トタンに覆われたその無縁仏の墓を覗いて、名前を見たという。
タバコ屋のばあちゃんの苗字は『W』
無縁仏は『T』苗字が違う。
身内ではなかったというのは、そこではっきりしたが、俺も友人も、それが誰なのか知りたくて知りたくてしょうがなかった。
当時中学生だったので、好奇心が恐怖よりも先にきて、変わった苗字だったので調べてみることにした。
俺と友人はまだ中学生だったので、役所で謄本を調べるとかはちょっと無理だと思ったので、市立の図書館で色々と調べてみたのだけれど、その苗字の手がかりは掴めなかった。
2週間くらい、郷土資料館やらも合わせて調べてみたのだけれど、全く成果が無くて結局謎のまま有耶無耶になってしまったのだけれど、それから10年以上過ぎて遂にその苗字を耳にする日がきた。
その変わった苗字を耳にするというより、本人を見つけてしまった。
仕事の関係で会った人なのだけど、どうやらこの人が肉塊の謎を解く重要人物かもしれないと、このチャンスを逃したら一生、肉塊の謎は解けないと思い、近づいてみることにした。
が、今思えば迂闊だった・・・
肉塊一族で間違いはなかった。
無縁仏のあった場所は、現在では直線道路になっていて、お墓はどこか他の場所へ移されているのだが、それが『T』さんの元にあるのは恐らく間違いないと思う。
道路を最初に拡張する時に、さっさと公共墓地にでも移せばいいものを、それをしなかったということは、身内の存在があって何か衝突でもしてたのだろう。
今思えば、警察がわざわざ神社にやってくるなど余程の事だ。
あの時、警察は『T』さんを知っていたのではないだろうか。
そして現在、肉塊は『T』さんの元で供養されているはずなのだ。
俺がもっと早くにこの事に気づいていれば、肉塊の祟りを受けることも無かったかもしれない。
『T』さんに探りを入れたのが間違いだったのだろう。
当たり障りないように、
「変わった苗字ですが、地元の方ですか?」
と聞いた瞬間、顔色が変わったのがわかった。
中学生の時まで地元にいたという話だけで、後ははぐらかされた。
『T』さんと会ったのはそれが最後で、仕事先でも会う事はなかった。
が、どうも俺はその時、『T』さんと一緒にいた肉塊の霊を連れてきてしまったようで、奇妙な事が身の回りに起こり始める。
それまで金縛りにあったことは無かったのだが、肉塊を連れてきたであろうその晩、金縛りになった。
低い声が聞こえて、仰向けの俺の腹の上に黒い何かが乗っている。
体がぴくりとも動かず、油汗をかきながらウンウンとうなっていた。
体が疲れていて、脳だけが覚めている状態で金縛りは起こるらしいが、そういうものではなく、体を何かが押さえつけている感覚だった。
この時、初めて金縛りにあったのだけど、小学生の時、まだ薄気味の悪い借家にいた時、俺の母親も同じものを見た話を思い出してゾッとした。
小学生だった時のある晩、母親が血相を変えて、俺と弟が寝ている部屋へ飛び込んできて、さらにそこで「エーっ?!」という悲鳴をあげたことがあった。
何があったのかと聞くと、母親の枕元に誰かが近づいてきて、そこで座って動かないものだから、俺か弟のどちらかが、いつまでも寝ずにウロウロしていると思い、早く寝なさいっ!と叱りつけたら誰もおらず、慌てて俺と弟を見に行ったら二人とも熟睡している。
枕元に黒い何かが座ったと言ってたのだが、俺の元に現れたのもそいつなのだろう。
母親が黒い影を見たのは、肉塊が死んだ少し後の事だった。
俺は初めて金縛りにあった翌日、交通事故を起こした。
仕事先に向かう途中で、見通しの良い直線道路で時速は50キロ程度だったのだが、体が重くなり、あっと思った瞬間、民家の壁へ突っ込んでいた。
俺はそこで気を失ってしまったのだが、目が覚めてまっ先に肉塊の事を思い出した。
あのお屋敷の前で起こり続けた不可解な交通事故を、自分が起こしてしまった。
ここで俺は肉塊に取り憑かれている事を確信して、肉塊に連れて行かれるのではと怯えた。
事故で頭と胸を打撲していて、右足にもケガをしていたが、俺はとにかくこれはマズイと、その足でお祓いを受けに行く事にした。
事情をよく知っているであろう、あの神主の元を訪ねてみた。
神主はもう亡くなっていて、当時の事情を知る人はいなかった。
火事の事、無縁仏の事を伝えてみたが、誰も知らなかったが、地縛霊のようなものに取り憑かれていると伝えると、お祓いを簡単にしてくれた。
それがとても簡単すぎるものだったので、俺はこれはダメなんじゃないかと不安になったが、案の定駄目だった。
それからも黒い影が度々俺の元に現れた。
事故のケガはさほど重症でもなかったが、胸がとにかく苦しく、黒い影がひどい時には4時間ほど俺の体を押さえつけて、精神がすっかりまいってしまって仕事には出られず、会社も辞めてしまった。
お祓いというよりも、供養が必要なのではないかと思って『T』さんにどうにか連絡を取ろうとしたが、辞めた会社は取り合ってくれなかった。
とにかく供養をしなければと、部屋にはお清めの塩を盛り、線香を3本立て、成仏してください成仏してくださいと唱え続けたが、黒い影は現れ続け、お寺の住職に相談してみたところ、霊が生前に好きだったものをお供えして供養してあげてくださいと言われた。
俺は肉塊が生前、何を好きだったかなんて知らないし、肉塊になったほどだから、やはり肉なんだろうかと、牛肉をお供えしてみたがその夜も金縛りにあった。
肉塊が好きだった物、そうだ、漫画が好きだったに違いない!
タバコ屋のばあちゃんはあんな少女漫画読まないだろうし、肉塊が座敷牢で読んでいた漫画をお供えしてみよう、俺はそう思って本屋へ少女漫画を買いに行った。
俺が小学生の時、タバコ屋でもらった肉塊の少女漫画。
全部で20冊くらいはもらったはずなのだが、タイトルを忘れてしまっていた。
だけどその中に、俺がすごく面白いと思ったものがあって、パパと私という漫画をよく覚えていてた。
片親の大工のお父さんが子供のミヨちゃんにお弁当を作ったり、裁縫をしたり、ほのぼのとした少女漫画があった。
肉塊はこういう少女漫画が唯一の社会との接点で、外の世界を知るには漫画しか無かったのだろうと思うと、俺は取り憑かれているにも関わらず、本屋でパパと私を手にした時、涙がこぼれて止まらなくなってしまった。
パパと私の話の中に、晩御飯はカレーにしましょうという話があって、大工のお父さんが悪戦苦闘してカレーを作るのだけど、俺はその話をよく覚えていたので漫画と一緒にカレーの材料を買って来て、カレーを作ってあげることにした。
肉も多めに入れておいた。
そして、漫画とカレーをお供えに、線香をあげて供養をした。
不思議というか、やはりというか、その日の夜から黒い影は現れず、金縛りにもあわなくなった。
俺は肉塊を供養することに成功したのだろう。
それ以来、一度も彼女には会っていない。
あれだけ苦しめられた肉塊の存在が、何故か最後の日は少女漫画のミヨちゃんのように思えて、俺のそういう思いが伝わって成仏してくれたのだろうと信じる。
俺はあれ以来、カレーを作ると肉塊の行方が気になってしょうがない。
無事に成仏できず、この世を彷徨っているとしたら、また誰かの元に黒い影となって現れているのかもしれない。
もしあなたが金縛りにあったり、黒い影に取り憑かれたらカレーを作って、どうか肉塊の事を少しだけ思い出して、心の片隅で供養してあげてほしい。
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爺ちゃんとの秘密
俺は物心ついた時から霊感が強かったらしく、話せる様になってからは、いつも他の人には見えない者と遊んだりしていた。
正直、生きてる者と、この世の者ではないものとの区別が全くつかなかった。
知らないおじさんが玄関から入ってきても、誰も気付かず、
「おじさんがそこに立っとーよ」
と言っては、
「そげん人はおらん!」
と怒られ、叩かれたりもした。
だから俺は、怒られるのが嫌で、少しずつ無口になっていった。
ただ1人、俺の味方だったのが爺ちゃん。
一緒に歩いてる時、向こうから歩いてくる男がいた。
全体的に灰色がかっていて、顔が土気色。
そして背中にピッタリと張り付いている黒いもの。
爺ちゃんに、
「あの人、どげんかしたと?何で黒いのしょってるん?」
と聞いたら、
「ああいうんは、よくよく見とったらいけんよ、ちゃんと区別をつけるようにしんしゃい。人には影が出来るが、あのもんに影はなかろうが。まだ生きとるけどな…」と。
見れば確かに、その男には影がなかった。
そして追い風にも関わらず、線香と、何か腐った様な強烈な臭いがしてくる。
すれ違う時には、その臭いで何度か吐いてしまったのを覚えてる。
そういうものを何度も目にしたりして、爺ちゃんに色々教わっていく度に、
「ここには近寄ったらだめ」
「あの人には近寄ったらだめ」
と、段々分かる様になっていった。
そして爺ちゃん以外の人には、話してはいけない事も。
そんなある日(小学校2、3年位)夏休みで母の妹家族のとこへ遊びに行った。
(その頃、爺ちゃんは妹家族と同居してた)
丁度、同い年位の子が二人いたから楽しくて、毎日遊んでたら、ある日の昼に暑さで鼻血を出してしまった。
叔母さんの家に行くと、少し横になってなさいとの事で、ある一室に連れて行かれそうになったんだけど、そこは自分なりに気付いてた『近寄ったらだめ』な場所だった。
断ったけど、ガキの言う事なんて勿論聞いてはくれず、でも1人は絶対に嫌だったから、庭にいた爺ちゃんを呼んで一緒に寝てもらう事に。
「何かあってもジィがおるけん、大丈夫」
の言葉に安心して、気がついたら寝てた。
どれ位寝たのか、ふと目を醒ますと異様な寒さと線香の臭い。
ヤバい、怖いと初めて思い、爺ちゃんを見るとグッスリ寝てる。
起こそうと思った時に、初めて自分の体が動かない事に気付いた。
掠れ声ぐらいしか出ない。
それでも爺ちゃんを呼び続けた。
その時、ゆっくりと襖が開いて出てきたもの。
首と右腕、左膝から下が無く、戦時中に着ていたと思われるボロボロの服を着て、焼け爛れたものが這いずりながら俺の足元まで来た。
そいつは、俺が掛けていたタオルケットをゆっくり引っ張る。
何度爺ちゃんを呼んだか、
「爺ちゃん起きて!」
と、掠れ声で叫んだ瞬間
「なんや?」
と、こっちを向いた爺ちゃんの顔は焼け爛れ、皮膚が剥け、片目と鼻の無い、今俺のタオルケットを引っ張っているそいつの顔だった。
多分、一瞬気絶したと思う。
でも、
「まだ終わらんぞ…」
って低い声と変な笑い声で気が付いた時、そいつの体はもう半分位、俺の体の上に乗っていた。
そいつの血と自分の汗が混ざって、ヌルヌルする様な気持ち悪い感触。
その時突然、すげー勢いでお経を唱える声がした。
泣きながら横目で爺ちゃんを見ると、怖い顔で聞いた事のないお経を正座してこっちを向いてあげ続けてた。
そしたら、そいつが舌打ちしながら、
「クソガキが…」
みたいな事をモゴモゴ言いながら、煙の渦に吸い込まれてった。
その後はもう、爺ちゃんにしがみついて大泣き。
泣き声を聞き付けてきた叔母さんに、爺ちゃんは、
「怖い夢を見ただけだ」
と言い、ごまかしてくれた。
落ち着いてから、爺ちゃんにあのお経はなに?って聞いたら、
「ジィにもわからん、勝手に口をついて出たけん、多分ご先祖様が助けてくれたんやろ」
と。
その後、二人でアイスを食べながら庭の雑草を取ってたんだけど、何となく俺が掘り返した所から木の札が顔を出した。
爺ちゃんを呼ぶと、血相を変えてこっちにやってきて全部掘り返すと、その何枚かの札には何か書いてあり、大量の釘が打ってあった。
「お前は見んでよか、触るな」
と言い、裏の焼却炉の方へ持っていってしまった。
後で何が書いてあったのか聞くと、子供への怨み事が沢山書かれていたらしい。
小6の三学期、爺ちゃんが胃癌末期と知らされ、最期まで爺ちゃんにバレない様にしろと家族に言われたが
(今思えば小学生に対して無茶ぶりだ)
1人で毎日見舞いに行く度に、俺が我慢出来ずに泣くもんだから、完全にバレてしまってた。
というか、爺ちゃんは最初から自分が長くない事を分かってた気がする。
「ジィがあっちに行く時は、お前のいらん力を持ってくけん、ジィがおらんようなっても、なーんも心配いらん」
と、いつも優しく頭を撫でながら安心させる様に言ってくれていた。
そして爺ちゃんが亡くなってから十数年、怪しい場所や人から線香や腐敗臭、頭痛はしても、それ以上のものは一切見えなくなった。
ただ、結婚して子供もいる今、長男が幼かった頃の俺とソックリな行動をたまにしているのを見ると、先の事を考えて背筋が少し寒くなる。
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黒こげの乗用車
警官をしている友人が、数年前に体験した話。
そいつは高速道路交通警察隊に努めているんだけど、ある日、他の課の課長から呼び出されたんだって。
内容を聞くと、一週間前にあった東北自動車道の事故の詳細を知りたいとのこと。
その事故ってのは、一家四人が乗った自動車が平日の深夜に中央分離帯に激突して、全員死亡した事故の事だったらしい。
事件のことを少し詳しく話すと、高速を走行していた長距離トラックから××インターチェンジ付近で乗用車が燃えているって通報があって、夜勤で待機していた友人が現場に直行したんだけど、友人が到着した時には既に乗用車の中にいた人は、全員黒こげになって死んでたんだって。
その後、身元の特定と検死が行われて、歯の治療記録から死んだのは東京西多摩地方に住んでいる家族だってのがわかった。
死んだのは加藤Tさん(仮名)とその妻のM、長男のS、長女のEの四人。
アルコールが検出されたとか、見通しの悪い場所だったとかの事故を起こすような要因は見つからなかったんだけど、特に不審な点もなく、そのままハンドル操作のミスによる普通の事故として処理されたんだって。
それで友人も『特に何の変哲もない事故でしたよ』って、よその課の課長に言ったらしいんだけど、その課長が『実は』って言って、呼び出した理由を話してくれたんだって。
その話によると、昨日の夜に少年が東京の○○市にある警察署に訪ねてきて、
「僕が死んだとニュースでやっていたのだけど、僕はいったい誰なのでしょうか?」
って言ったらしい。
少年の話をまとめると、一昨日の朝に朝寝坊して、起きたら家に家族が誰もいない。
どこかに行ったのだと思い、そのまま気にも留めていなかったが、夜になっても誰も帰ってこないし、連絡もない。
心配になって警察に連絡したが、子供の悪戯だと思われたのか、すぐ切られてしまった。
祖父母や親戚に連絡してみたが、誰も連絡を受けていないと言われた。
そのまま朝まで待っていたが、つけっぱなしのTVのニュースから、自分も含めた家族全員が死んだことになっていると知った。
そんなことは無いはずなので、詳しく知りたくて訪ねて来たとのことだったらしい。
その話を聞いた友人は、その事故の資料を改めて提出したんだけど、見直してて不思議なことに気づいたんだって。
家族の歯科治療記録との照合で、父親、母親、長女は間違いなく本人だって判明したんだけど、長男は頭部の損傷が激しく、照合ができなかったと記録に書いてある。
しかも、家族は青森近くで事故を起こしたんだけど、両親は中部地方出身で東北に知り合いはいないことがその後の調査で明らかになっていた。
その当時は、旅行にでも出かけた際の事故って事になったんだけど、どうにも不自然なことが多すぎる。
それで友人は、資料を提出してから数日後に、例の課長に事件の進展を聞いてみた。
すると課長は、口ごもりながらこう答えたらしい。
例の少年は、身体的特徴や見た目は死んだ長男によく似ていたが、歯形が違うため別人だと思われる。
そのことを告げると少年が錯乱したため、心療内科のある警察病院に搬送した。
その後の調査で、事故死した家族の家を調査したが、事故後、誰かが住んでいた形跡はなかった。
そのことを告げると、少年は完全に精神に異常をきたしてしまったため、結局どこの誰だか分らず、今も病院にいる。
もう済んだ事だから、今後関わらなくていい。
友人はそこまで話すと最後にこう言った。
黒コゲの死体は、本当は一体誰で、自称長男の少年は一体誰なんだろうな?
それと、あの家族は何で平日に、誰も知り合いのいない所に向かっていたんだ?
俺は思うんだ。
あの家族は何かから逃げてたんじゃないかって。
何から逃げてたのかはわからないけどな。