「 月別アーカイブ:2013年11月 」 一覧
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射撃場
タイに慰安旅行に行った時。
射撃場でインストラクターの監視の隙を狙ってサブマシンガンをターミネーターを気取って片手撃ちしたら、物凄い反動で銃が暴れて隣のレーンの壁をズタズタにしてしまった。
7600ドルの弁償請求に加えて、今度ここに来たら腕をへし折るとさんざん脅されて追い出された。
あの時、もし隣のレーンに人がいたら……と思うと今でも背筋が凍る。
お前らも気をつけろ。
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合宿所での事
学校所有の宿舎があって、1年の時はそこへ水泳合宿に行く。
入り口は勿論、守衛室があるし、裏にある海岸は学校のプライベートビーチになってて部外者は入れない。
で、俺のクラスが寝泊まりする部屋が、その海岸に出る扉(勝手口みたいな木の戸)と一番近くて中庭に面したところだった。
クラス40人が襖を外して一繋がりになった和室で蚊帳下げて寝ることになるんで、晩飯後はまあめっちゃ騒がしかった。
部屋にはテレビもなく22時に消灯したけど、携帯とか懐中電灯つけて雑談やらゲームやらしてて、0時過ぎたくらいかな?
突然意味もなくシーンとする瞬間ってみんな経験したことあると思うんだけど、それが来た。
で、それと同時に中庭側の障子の外に人集りの影が映った。
見回りの先生とかじゃなくて、明らかに隊列を組んでザッザッザッと海岸への扉に進んでいく影。
クラスメイトがざわつき始めて、これは俺だけが見てるものじゃないって分かった。
そしたら今度は、障子の外が下からオレンジ色に明るく照らされた。
同じくらいのタイミングで、「ウーーーーー」ってサイレンみたいな音もしてきた。
この頃には周りがみんな軽くパニックみたいになってて、でも誰一人として障子を開けようとはしなかった。
どれくらい時間が経ったのかは分からないけど、気付いたら人影も明かりも音もなくなってた。
夢から覚めたみたいにもう何も感じなかったし、他の奴らが騒いでなければ夢にしか思えなかっただろうなと。
騒ぎ声で見回りの先生が部屋に来て、一部が今あったことを報告。
先生たちによるドッキリか?とも疑った。
でも後から来た他の先生もさっぱり分からんって反応で、結局集団ヒステリーで片付けられた。
学校は古くて、敷地内では兵隊の幽霊がいるなんて話は生徒の中では有名だったから、思い込みでそんなものを見たんだろうか。
でもクラス全員っていうのは珍しいよなあ、と未だに同窓会では話題にのぼる。
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古い宿
昭和50年頃、アタシは旅役者で全国をドサ周りしてたの。
んで、某県に行った時のことさ。
いつも木賃宿(って分かる?)的な安宿に泊まるんだけど、この時の宿は気持ち悪かった。
戦災から焼け残ったボロボロの木造平屋で、廊下の両側に畳二畳の小部屋がズラーッと並んでる。
聞いたところでは、昭和34年の売春禁止法施行前まで売春宿(いわゆる赤線)として使われていたらしい。
ここで一人一部屋ずつ入れられて寝たんだけど……
廊下の片側の部屋に泊まった人間全員(マジ全員!)が金縛りに遭って、16,7の田舎臭い女の子が血まみれの大きな舌を首もとまで垂らしてる夢に一晩中うなされた。
しかも、その子はケーロケロと蛙みたいな声を出し続けてるんだって。
アタシは被害に遭わなかったから、翌朝その話を聞いて不覚にも笑っちゃった。
でも、被害者の中で一人だけ、蛙語を聞き分けた東北出身の女性がいた。
彼女いわく、
「あれは蛙の鳴きマネじゃない。ケェシテケロ(=帰してくれ)って言ってたんだよ」
朝、窓を開けたら裏庭に大きな柿の木があったから
「あの柿の木で首を吊ったんだと思う」
と言っていた。
彼女の話がホントなら、柿の木側の部屋に泊まった人間だけがやられたんだろうね。
戦後は東北から売られてくる娘がまだいたんだねーと、みんなで何となくしんみりしちゃったことを覚えてる。
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狐
私は、両親と兄から虐められて育ち、中卒で働きに出ていた。
ある日、大学受験を控えた兄が、私とは一緒に食事をしたくないと言い出して、両親から玄関で食べるように言われて辛くなり家出した。
自転車で湖まで走り、奥の森で首を吊る事にした。
途中で荷造り紐と、からあげくん一個を買った。
森の奥の真っ暗な中でからあげ食べていたら、小さな狐がカサカサ音を立てながらやって来た。
残りの1つをあげると狐はこっくりと頷いた。
首を吊る瞬間まで、狐がじっと私を見上げていた。
しかし気が付いたら朝で、病院にいた。
足に少し火傷をしていたが生きている。
離れて暮らす祖母が病室にきて、家が火事になったと教えてくれた。
両親と兄は亡くなったが、数ヶ所を刃物で刺されていた。
父が無理心中を計ったとされているけど、私が家を出る時、3人は楽しそうに兄が合格したらハワイ旅行に行こうと話していたから無理心中とは思えない。
確かに首を吊ったのに、私は自宅の前に倒れていたらしい。
そして、服に狐と思われる動物の毛がたくさんついていた。
今は大学に進学して祖母と二人で暮らしている。
今考えると狐にしては大きかった気がする。
でも、頷いたのは私が死ぬ事を了承するって意味じゃなかったんだろうか。
今は幸せに生活しているから、死ななくて良かったけど。
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団地で見たもの
私がまだ小さかったころ体験した話です。
好奇心旺盛だった私は、よくバカな事をして怪我して親に心配をかけるようなそそっかしい子供でした。
その当時、私と家族は10階建ての団地の8階に住んでいたのですが、その団地はいわゆるイワクつきの団地でした。
私の住んでいる県はクソ田舎で、あまり高層ビルなどはなく、10階建ての団地ですら最高峰と言っても過言ではないので、その団地が飛び降り自殺の名所になるのも必然といえば必然でした。
さらには霊が出るという噂もあり、県営団地なのに空室がたくさんあるような…とにかく寂れた古い団地でした。
当時チビだった私は、遊びに行く時など、下の階に降りる時はエレベーターを使いますが。
身長的に上の階のボタンにはまだ手が届かないので、帰る時は階段を使わないと自分の住む8階には帰れないといった状態でした。
しかし、エレベーターホールの隅にあった階段は、昼ですら薄暗く、ドアも鉄製の重くて閉塞感のあるドアで、さらに階段で幽霊を見たという噂が絶えないので、大人ですらあまり階段は使いたがらないほど不気味な階段でした。
まだ小さかった私が、どれ程の恐怖を階段に抱いていたかは想像に容易いと思います。
なので、階段を使う時は猛ダッシュで8階まで駆け抜け上がり恐怖心を紛らわせていました。
たまに遊びに夢中になり、帰るのが遅くなってしまい、すっかり暗くなった階段を上るハメになった時には、半泣き状態で大声で母親を呼びながら8階まで駆け上ったのを覚えています。
そのうち知恵を付けた私は、上の階のボタンを木の棒などで押して、一人でエレベーターにて上り下りができるようになりました。
それまで階段が怖いという理由で、必ず夕方のまだ明るい時間に帰っていた私でしたが、エレベーターを自由に使いこなせるようになってからは、ついつい暗くなるまで遊んでしまい、よく親に叱られていました。
その団地自体も同じことが言えるんですが、そのエレベーターはとても古く、すごく汚れていましたが、特にこれといった特徴もない普通のエレベーターでした。
あえて言うのなら、入って正面の壁の下の方に、ドアと呼ぶには小さな観音開きのフタがありました。
そのフタは普段鍵が掛かって開けることが出来ないのですが、団地の住人が亡くなった時などには、そのままでは棺がエレベーターに入りきらないので、その小さなフタを開け一時的に奥行きを広くして、無理やり棺桶をエレベーターに入れるための言わば棺桶専用の空間に通ずるフタでした。
まぁそのフタがなぜ存在しているかなど当時の私は知っているわけもないので、特に気にしたこともありませんでした。
ある日、私は家から少し離れた公園で時間を忘れて遊んでしまいました。
気が付くとすでに日は落ち、急いで帰る頃には辺りはすっかり暗くなっていました。
親にする言い訳なんかを考えながらエレベーターホールに飛び込み、ボタンを押すと、しばらくしてエレベーターが降りてきました。
さっそく乗り込み、棒で8階を押し、ドアを閉めます。
ゆっくりとエレベーターが上に上がっていくと共に、ゴウン…ゴウン…という単調なリズムで機械の鈍い音が室内に響きます。
その時、微かにですが、ガサッ…ザザザ…っと、後ろの壁から機械の音とは違う不規則な、例えるなら甲殻類が蠢いているような…なんとも不思議な音が聞こえました。
なんだろうと思い振り返ってみると、例のフタに1センチあるかないかぐらいの隙間が空いていました。
今思えば恐らく棺桶を運んだ後、管理人が鍵を掛け忘れたのだろうと思います。
そのフタの意味を知っていれば、気味悪がって何も聞かなかった事にすると思うのですが、当時の私はエレベーター内は聖域だと思っている節があり、恐怖心なぞ微塵も無かったので、即座にその隙間に棒を差し込み、てこの原理でこじ開けました。
フタは簡単に開きましたが、中を覗いて見ても、何もない空間がタダぽっかりと口を開けているだけで、目新しい物はありませんでした。
ちょうどその時、エレベーターが停まったので、8階に着いたんだなぁと思い振り返りました。
そこで私は見てしまいました。
ドアが開くと視界に入ってきたもの。
それは、薄暗いエレベーターホールの真ん中に立つ人。
いや、明らかに人間ではありませんでした。
人の形をした灰色の物体が中腰姿勢になり、上半身を揺らしながらゆらゆらと立っていました。
姿ははっきりと見えているはずなのに、服を着ているのかもどんな顔をしているのかもわからない、何故か中心がボヤけていて、そこに光が吸い込まれているように見えました。
私は呼吸するのも忘れて、この謎の物体を見つめることしか出来ませんでした。
どれだけの間眺めていたのか。
気が付くと私は自分の家の布団の上に横たわっていました。
周りには母と知らないお婆さんが隣に座っていました。
一瞬自分に何が起きていたのか分かりませんでしたが、母は私が目を覚ましたと父を大声で呼び、父は私に駆け寄って来て強く抱きしめてくれました。
その瞬間私は、エレベーターで見た恐ろしい光景を思い出し、家族にしがみつきながらむせ返してえずくほど大泣きしました。