8月に入って急なコンテ変更が続き、あおりを食ったN子さんが深夜までの作業になってしまった。
彼女は主力作監だったので、どうしてもこういった事は多い。
ここは当然、進行が車で送るべきなのだが、彼女は頑として進行車には乗らない。
いつものように、
「二駅ですから自転車で帰れます」
といって帰途についた。
が、ものの10分も経たないうちに青い顔で戻ってきて、
「車お願いします」
と、ぽつりといった。
N子さんはアイドル声優との対談でも、カメラマンが彼女ばかり撮るといった美女っぷりで、すわ痴漢か?と、いいとこ見せたい野郎共が色めきだつ。
が、彼女は何も答えず、急いで欲しい、とだけ告げて外へ。
「お前行ってこい」
と社長に言われ、喜び勇んでキーをひっつかみ彼女のあとへ続く。
ちなみに私の隣に座りたがる女性は少ない。
もちろん彼女も後部座席にさっさと乗り込む。
広い交差点へ出てすぐ、あろうことか、街灯の下にランドセルを背負った少女を見つけてしまった。
–夏休みの午前2時に。
もしかして、これか?と思ってルームミラーに彼女を確かめると、
「あそこで止めて下さい」と仰る。
真顔で。
絶対に嫌、絶対に嫌なのだが、真顔の彼女には社長だって逆らえない。
前だけ見つめて、車を止める。
と、何を思ったかN子さん、なんと、後ろから手を伸ばして助手席のドアを開放してしまう。
やめてぇ、と叫ぶまもなく扉は全開。
ランドセル少女の顔が、視野の隅でとんでもない大きさになったような気がした。
至近に人の気配が寄り添って来る、良い匂いがしてふと、横を見てしまう。
いつのまにか外を廻ってN子さんが助手席に来ていた。
「もういいですよ、出して下さい」
大急ぎで車を出す。
「待ち合わせ、ずっとずれてたみたいなんです」
そういって彼女は笑った。
「誰とですか?」
「いつも助手席にいた男の子」
そういって彼女はまた嬉しそうに笑った。
はい?
・・・ずっと?
この車の助手席に?
誰か?居たですか?
そう質問しようと思ったが止めておいた。
ええ、知らなくて結構です、街灯の下が大きく抉れていた理由も聞きたくないです。