怖っ!怖っ?怖い話

いろんな怖い話を集めています。

*

「 伝承 」 一覧

no image

海からやってくるモノ

普段、付き合いの良い同僚が、何故か海へ行くのだけは頑として断る。

訳を聞いたのだが、余り話したくない様子なので飲ませて無理やり聞き出した。

ここからは彼の語り。

ただし、酔って取り留めのない話だったので、俺が整理してる。

まだ学生だった頃、友人と旅に出た。

たしか後期試験の後だったから、真冬だな。

旅とは言っても、友人の愛犬と一緒にバンに乗って当てもなく走っていくだけの気楽なもんだ。

何日目だったか、ある海辺の寒村に差し掛かった頃、既に日は暮れてしまっていた。

山が海に迫って、その合間にかろうじてへばり付いている様な小さな集落だ。

困ったことに、ガソリンの残量が心もとなくなっていた。

海岸沿いの一本道を走りながらGSを探すとすぐに見つかったのだが、店はすでに閉まっている。

とりあえず裏手に回ってみた。

玄関の庇から、大きな笊がぶら下がっている。

出入りに邪魔だな、と思いながらそれを掻き分けて呼び鈴を鳴らしてみた。

「すんませーん。ガソリン入れてもらえませんかー?」

わずかに人の気配がしたが、返事はない。

「シカトされとんのかね」

「なんかムカつくわ。もう一度押してみいや」

「すんませーん!」

しつこく呼びかけると玄関の灯りが点き、ガラス戸の向こうに人影が現れた。

「誰や?」

「ガソリン欲しいん…」

「今日は休みや」

オレが言い終える前に、苛立ったような声が返ってくる。

「いや、まぁそこを何とか…」

「あかん。今日はもう開けられん」

取り付く島もなかった。

諦めて車に戻る。

「これだから田舎はアカン」

「しゃーないな。今日はここで寝よ。当てつけに明日の朝一でガス入れてこうや」

車を止められそうな所を探して集落をウロウロすると、GSだけでなく全ての商店や民家が門を閉ざしていることに気付いた。

よく見ると、どの家も軒先に籠や笊をぶら下げている。

「なんかの祭やろか?」

「それにしちゃ静かやな」

「風が強くてたまらん。お、あそこに止められんで」

そこは、山腹の小さな神社から海に向かって真っ直ぐに伸びる石段の根元だった。

小さな駐車場だが、垣根があって海風がしのげそうだ。

鳥居の陰に車を止めると、辺りはもう真っ暗でやることもない。

オレたちはブツブツ言いながら、運転席で毛布に包まって眠りについた。

何時間経ったのか、犬の唸り声で目を覚ましたオレは、辺りの強烈な生臭さに気付いた。

犬は海の方に向かって牙を剥き出して唸り続けている。

普段は大人しい奴なのだが、いくら宥めても一向に落ち着こうとしない。

友人も起き出して闇の先に目を凝らした。

月明りに照らされた海は、先程までとは違って、気味が悪いくらい凪いでいた。

コンクリートの殺風景な岸壁の縁に蠢くものが見える。

「なんや、アレ」

友人が掠れた声で囁いた。

「わからん」

それは最初、海から這い出してくる太いパイプか丸太のように見えた。

蛇のようにのたうちながら、ゆっくりと陸に上がっているようだったが、不思議なことに音はしなかった。

と言うより、そいつの体はモワモワとした黒い煙の塊のように見えたし、実体があったのかどうかも分からない。

その代わり、ウウ…というか、ウォォ…というか、形容し難い耳鳴りがずっと続いていた。

そして先程からの生臭さは、吐き気を催すほどに酷くなっていた。

そいつの先端は、海岸沿いの道を横切って向かいの家にまで到達しているのだが、もう一方はまだ海の中に消えている。

民家の軒先を覗き込むようにしているその先端には、はっきりとは見えなかったが、明らかに顔のようなものがあった。

オレも友人も、そんなに臆病な方ではなかったつもりだが、そいつの姿はもう何と言うか『禍々しい』という言葉そのもので、一目見たときから体が強張って動かなかった。

心臓を鷲掴みにされるってのは、ああいう感覚なんだろうな。

そいつは、軒に吊るした笊をジッと見つめている風だったが、やがてゆっくりと動き出して次の家へ向かった。

「おい、車出せっ」

友人の震える声で、ハッと我に返った。

動かない腕を何とか上げてキーを回すと、静まり返った周囲にエンジン音が鳴り響いた。

そいつがゆっくりとこちらを振り向きかける。

(ヤバイっ)

何だか分からないが、目を合わせちゃいけない、と直感的に思った。

前だけを見つめ、アクセルを思い切り踏み込んで車を急発進させる。

後部座席で狂ったように吠え始めた犬が、「ヒュッ…」と喘息のような声を上げてドサリと倒れる気配がした。

「太郎っ!」

思わず振り返った友人が、

「ひぃっ」

と息を呑んだまま固まった。

「阿呆っ!振り向くなっ!」

オレはもう無我夢中で、友人の肩を掴んで前方に引き戻した。

向き直った友人の顔はくしゃくしゃに引き攣って、目の焦点が完全に飛んでいた。

恥ずかしい話だが、オレは得体の知れない恐怖に泣き叫びながらアクセルを踏み続けた。

それから、もと来た道をガス欠になるまで走り続けて峠を越えると、まんじりともせずに朝を迎えたのだが、友人は殆ど意識が混濁したまま近くの病院に入院し、一週間ほど高熱で寝込んだ。

回復した後も、その事について触れると激しく情緒不安定になってしまうので、振り返った彼が何を見たのか聞けず終いのまま、卒業してからは疎遠になってしまった。

犬の方は、激しく錯乱して誰彼かまわず咬みつくと思うと泡を吹いて倒れる繰り返しで、可哀そうだが安楽死させたらしい。

結局アレが何だったのかは分からないし、知りたくもないね。

ともかく、オレは海には近づかないよ。

以上が同僚の話。

昔読んだ柳田國男に、笊や目籠を魔除けに使う風習と、海を見ることを忌む日の話があったのを思い出したが、今手元にないので比較できない。

no image

赤毛布の男

最初に書いておくが、この事件は迷宮入りであり、犯人はわかっていない。

昭和10年代、福井のある村で、ある小売商の家に夜半10時頃、訪問者があった。

「本家からの使いです。」

と言って表戸を叩くので、細君が起きて出てみると、赤毛布を頭からすっぽり被って、本家の提灯を持った男が軒先に立っている。

本家で急病人が出たから、呼んできてくれと頼まれたというのだ。

急いで亭主はその男と共に家を出ていった。

本家からその家までは8キロほどある。

亭主を送り出してやった妻は、心配しながらも、子供たちを再度寝かしつけて、自分もうとうととした。

しかし2、3時間後、また戸を叩く音がした。

出ていくと、また赤毛布の男である。

彼は「病人はとても朝までもたなそうだから、女房も呼んでくれと言われ、迎えに来た」と言った。

細君は、すわ大変とばかりに、子供を親しい近隣の家にあずけて、男とまた一緒に出ていった。

すると1、2時間経って、今度は子供を頼んだ隣家の戸を叩く者がいる。

また赤毛布の男で、顔は見えない。

「両親が、子供も連れてきてくれというので迎えに来た」と男は言った。

しかしその家の細君は、こんな夜中に子供に風邪をひかせては大変だし、もうぐっすり眠っているから明日にしておくれ、と言った。

男は再度頼んだが、彼女は頑として応じなかったので、赤毛布の男は不承不承、帰っていった。

ところが数日後、この小売商の夫婦は惨殺されて河に投げこまれているのが発見されたのである。

犯人が、あの赤毛布であることは明らかである。

が、物取りにしては一人ひとり誘い出すなど、念が入りすぎている。

また、子供まで誘い出して殺そうとしたことなどから考えるに、怨恨としても相当根の深いものだ。

本家の提灯を持っていた、ということからして、すぐに犯人は割れるものと思われたが、結局何ヶ月たっても犯人の見当はつかず、迷宮入りになってしまった。

しかし男が終始顔を見せなかったこと、子供だましの嘘でふらふらと夫婦共々出ていってしまったこと、子供だけは、まるで隣家の細君が護符でもあったかのように守ってみせたことなど、まことに不気味な事件と言っていいだろう。

no image

ヒトナシ坂

俺の中学生の時の話。

俺は週末に、中学で仲良くなった友達Aの所に、泊まりに行くことになっていた。

Aの家はI山という山の中腹にあって、俺の家は山のふもとにある。

双方の家、共に一番近くのコンビニに行くのに車で30分もかかる、寂れた所だ。

泊まりに行く前日に、Aの家の場所がわからないので、山の地図を持ってAに家がどの辺にあるか教えてもらった。

地図上で見れば、俺の家とは、かなり近かった。

が、Aの家まで行くには、山の周りにある道路に沿ってぐるりと遠回りしなければならない。

その距離、10キロ。

真夏の暑い中、10キロも走るのか・・・と少しげんなりしていた俺は、地図の中を走る一本の道を見つけた。

その道は、俺の家から少し行った所から始まって、山を一直線に登り、Aの家のすぐ近くで終わっていた。

長さは5キロほど。

この道を使わない手は無いだろう。

俺「こっちの道のほうが近いやん」

A「あー、でもこの道なぁ、舗装もされてないし、急やし、人もぜんぜん通らんからやめたほうがイイで」

俺「通れるんやろ?」

A「うーん・・まぁ通れるけど・・まあええか。そっから来いや」

ということで、その道で行くことになった。

その晩、家族に「こんな道、全然知らんかった」とその道のことを話した。

両親は「そんな道あったんやねぇ」とかなんとか言っていたが、じいちゃんは一人眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をしている。

どうやら、この道のことを知っているようだ。

この道は正式な名前はわからないが、この辺では『ヒトナシ坂』と言うらしい。

何か名前にいわくがありそうだったが、まぁ、どうでもいいことだ。

さて、翌日、Aの家に行く日がやってきた。

家を出ようとする俺に、じいちゃんが真剣な顔で話しかけてきた。

「ええか、B(おれの名前)。あの坂は、夜になったら絶対通るな。絶対や。今じいちゃんと約束してくれ」

と、何故か本気で心配している。

わかったわかったと一応言ったが、気になるので理由をたずねた。

すると、

「あの坂には、昔っから化け物がおる。昼間はなんともないが、夜になるとでてくる。だから絶対通るな」

なんだ年寄りの迷信か、と思った。

俺は幽霊なんて信じていなかったし、ましてやバケモノや妖怪なんて、すべて迷信だと思っていた。

心の中で少しじいちゃんをばかにしながら自転車を走らせると、ヒトナシ坂が見えてきた。

本当にどうして、こんなに近いのに今まで気づかなかったのだろう。

坂は少し急になっており、一直線。

地面は剥き出し。

左右の道端には、とても背の高い草が生えていて、横の景色が見えない。

だが、うっそうとしている感じは微塵も無く、真夏の太陽の光を地面が反射していて、とても清々しい気持ちになった。

しばらく自転車を走らせていると、トンネルがあった。

高さは2.3メートルほどで、幅は車一台がギリギリ通れるくらい。

とても短いトンネルで、7.8メートルくらいしかない。

すぐそこに向こう側が見えている。

立ち止まらずに、そのまま通った。

中は暗く湿っていて、ひんやりした空気があり気持ちよかった。

その後、何事も無くAの家に着き、遊び、寝た。

翌日も、Aの部屋でずっとゲームをしたりして遊んでいて、夕飯までご馳走になった。

気付いたら、8時になっていた。

まずい、今日は9時から塾だ。

遅れれば親に怒られる。

俺は急いでAに別れを告げ、自転車に跨った。

帰りは、いくら坂でも10キロの道のりを行けば、間に合わないかもしれない。

だから、ヒトナシ坂を通ることにした。

じいちゃんと約束したが、しょうがない。

バケモノもきっと迷信だろう。

月明かりに照らされた夜道を、ブレーキ無しで駆け下りていった。

この調子なら塾に間に合いそうだ。

そう思っていると、昨日の昼間通過した狭いトンネルが、ぽっかりと口をあけていた。

少し怖かったが、坂で加速していたし、通り過ぎるのは一瞬だろう。

いざ入ったトンネルの中は真っ暗。

頼りになるのは自転車のライトだけ。

早く出たかったので、一生懸命ペダルを漕いだ。

だが、おかしい。

中々出られない。

昼間はすぐ出られたのに、今は少なくとも30秒はトンネルの中を走っている。

思えば、今夜は満月で、外の道は月光が反射して青白く光っている。

だから、こんなに短いトンネルなら、その青白い道がトンネル内から見えるはずだ。

真っ暗と言うことは絶対にない。

一本道なので、道も間違えるはずがない。

おかしい。

おかしい。

おかしい。

おかしい。

怖い。

そこまで考えたら、いきなり自転車のチェーンが切れた。

どうしよう、どうしよう、どうしよう!!

立ち止まり、焦りまくる俺。

まだ出口は見えない。

すると闇の中、何かがいた。

浮いていて、遠くから近づいてくる。

体はしびれたように動かない。

眼が闇に慣れ、ソレの姿がはっきり見えた。

白装束を着た女だった。

ただし、かなり大きな。

異様に長い手足。

最初は宙に浮いているように見えたが、四本足でトンネルの壁に張り付いている。

そして、ゆっくりゆっくりこちらに向かってきている。

ずりっずりっと音を響かせながら。

髪は地面まで垂れ下がり、顔には異様にでかい。

目玉と口。

それしかない。

口からは何か液体が流れている。

笑っている。

恐怖でまったく働かない頭の中で、きっと口から出てるのは血なんだろうなぁとか、俺はここで死ぬんかなとか、くだらないことをずーっと考えていた。

女がすぐそこまで来ている。

1メートル程の所に来た時、初めて変化があった。

大声で笑い始めたのだ。

それは絶叫に近い感じだった。

ギャァァァァアアアアアハハハハァアアアァァァ!!!!!!

みたいな感じ。

人の声じゃなかった。

その瞬間、俺は弾かれたように回れ右をして、今来た道を走りはじめた。

どういうわけか入り口はあった。

もう少し。

もう少しで出られる。

振り向くと、女もすごい速さでトンネルの中を這ってくる。

追いつかれる紙一重で、トンネルを出られた。

でも、振り返らずに、ひたすら坂を駆け上がった。

それからの記憶はない。

両親の話によると、Aの家の前で、気を失っていたらしい。

目覚めたら、めちゃくちゃじいちゃんに怒られた。

後で、俺はじいちゃんに、トンネルの中の出来事を話した。

あれはなんなのか、知りたかった。

詳しいことは、じいちゃんにもわからないらしい。

だが、昔からあの坂では人がいなくなっていたという。

だから廃れたのだと。

化け物がいるといったのは、人が消えた際に調べてみると、その人の所持品の唐傘やわらじが落ちていたからだそうだ。

だから、化け物か何かに喰われたんだ、という噂が広まったらしい。

まぁ実際に化け物はいたのだが。

そういうことが積み重なって、その坂は『ヒトナシ坂』と呼ばれるようになった。

ヒトナシ坂のトンネルは去年、土砂崩れで封鎖されて通れなくなったらしい。

あの化け物は、まだトンネルの中にいるのだろうか。

それともどこかへ消えたのか。

誰にもわからない。

no image

壁の落書き

この間、ちょうど小学校の同窓会があったんで、その時に当然のごとく、話題に上がった俺達の間では有名な事件をひとつ。

俺が通っていた小学校はちょっと変わっていて、3階建ての校舎のうち、最上階の3階が1・2年の教室、2階が3・4年の教室で、一番下の1階が5・6年の教室になってる。

別の学校に通ってた従兄弟に、この話したらびっくりしてたんで多分、俺の学校が特殊なんだと思う。

校舎自体はコンクリート造りで、相当という程でもないが、そこそこ年数が経ってたらしく、廊下の壁とかは薄汚れていて、汚いなと子供ながらに思ってた記憶がある。

で、6年になるまで気がつかなかったんだが、1階の6年2組の教室の前の廊下だけ、壁が綺麗に塗り直されてるのね。

下級生の時代に6年のフロアになんか怖くて行けないから、知らなくて当たり前なんだけども。

元々のコンクリートの壁と似たような色のペンキ?で、隣りの6年1組との境目から6年3組の境界まできっちりと塗られてる。

そこだけ汚れてないからすぐわかる。

ある日、その塗り直された壁の右下に近い部分(6年3組寄り)に、薄ーく鉛筆で『←ココ』って書いてあるのに気がついた。

『←ココ』と指された部分を見ても、まあ何の変化もない。

ただの壁だ。

その当時、学校では校舎の至る所に、『左へ○歩進め』『真っ直ぐ○歩進め』『上を見ろ』『右を向け』等と書いて、その通りに進んで行く、という遊びが流行っていたので、『←ココ』もその類のものだろうと、気にも留めなかった。

2週間くらいしてからかな、友達のY君が教室の外で俺を呼んでいる。

行ってみると、廊下の壁の『←ココ』の矢印の先に、青いシミが浮き出てたのよ。

5cmくらいの小さなシミだったけど、ちょうど矢印が指している先に出たもんだから、俺とY君で「すげー、不思議だね」とか言ってた。

次の日、そのシミはいきなり倍くらいの大きさになってて、『←ココ』の文字の部分にまで広がってて、もうその文字は見えなくなっていた。

その代わりに、シミの形が人間の手のように見えた。

さすがに俺達以外の生徒もそのシミに気がついて、形が形ってこともあって、瞬く間にクラス中に『呪いのシミ』として話題になった。

その話が先生の耳にも入ったらしく、その日の帰りのHRでは、「何でもないただのシミだから、気にするな」と、半ば強制的に家に帰されたわけ。

その週が空けて、次の月曜に教室に行くと、なんと廊下の壁のシミがあった部分が丸々剥がれ落ちてて、しかもそこを中心に、上下に細い亀裂と言うかヒビが入ってんの。

俺が教室に行くと、すでに廊下で数人が騒いでたので、見たらそんな状態。

朝のHRで先生が来るまでは、俺のクラスと両隣のクラスの何人かも含めて大騒ぎで、「絶対この壁のうしろに何かあるよ」「死体が埋められてる」なんていう話にもなって、クラスのお調子者K君が、カッターでその亀裂をガリガリやろうとしたところに、先生が来てものすごい勢いで怒られてた。

申し訳ないけど、俺はそのとき知らない振りしてた(笑)

その昼休みにK君が懲りもせず、

「朝の続きやろうぜ」

と言い出した。

壁を削る続きをやろうぜ、というわけだ。

俺は怒られるのが怖くて「やだ」と言ったんだけど、K君が「ここ見ろ」と言うので見たら、剥がれ落ちた中の壁から、色の違う部分が見えてる。

灰色の壁に、黒い太い線で横断歩道のような模様が描かれてるのが、剥がれ落ちた部分から確認できた。

「これの続き見たいだろ?」

K君が言う。

K君はカッターを持って、崩れた壁の部分をカリカリやり始めた。

面白いように塗装が剥がれていく。

すると、壁の中から『組』という文字が現れた。

さっき横断歩道のように見えた模様は、「組」の右側だったわけだ。

もうこの後に何かあることは間違いない。

クラスの男子の半分近くが一緒になって、壁の塗装を崩し始めた。

コンパスの針でつついたり、定規の角で削る者、彫刻刀を持ち出す奴までいた。

ちなみに俺は、崩すのを回りから見てただけね。

大抵こういう場合、壁のうしろに死体が埋まってただの、文字がびっしり書かれてただの、お札がいっぱい貼ってあっただのがよくあるパターンで、俺も当時すでに、怖い話としてそういった話をいくつか知っていた。

この壁の向こうにあるものも、まさにそういうものなのか?

そのドキドキと、先生に見つかったらどうするんだと言うドキドキで、心臓がきりきり締め上げられるような気がした。

昼休みが半分経たないうちに、壁の塗装はあっという間に崩れた。

中から出てきたのは、お化けでもなんでもない、子供たちが描いた絵だ。

『平成○年 6年2組』と書かれてる。

当時の卒業生が描いた物なんだろう。

30人くらいの男子女子の似顔絵が、集合写真のように並んで描かれている。

ただし、異様なのが、その顔一つ一つ全てが赤いペンキで『×』と塗られていたこと。

特に上の段の右から3番目の子は、×どころか完全に赤く塗りつぶされ、その下に書いてあったはずの名前も、彫刻刀かなんかで削り取られていた。

俺達は先生に怒られるだろうと覚悟を決めていたが、5時間目に先生が来るといきなり、

「よし、5時間目は体育館で自習だ。ランドセルに教科書とか全部入れて、5時間目が終わったらそのまま家に帰っていいぞ。掃除もしなくていい。教室に戻らずにそのまま帰れよ」

と、全く怒られなかった。

そして次の日に学校に行くと、1階の教室が全て立ち入り禁止になってた。

俺達は急遽建てられたプレハブで、6年の残りの学校生活を送るハメになった。

この間、13年ぶりに小学校の同窓会があって、当然のごとくその事件が話題に上がった。

当時の担任も来ていたので、

「先生、あの事覚えてますよね?あれはなんだったんですか?」

と聞いてみたが、

「いや、そんな事あったか?覚えてないなあ」

とか、超すっとぼけてた。

だが、俺達は全員あの事件を覚えている。

no image

ハカソヤ

ほんの数年前に知った、私の母の故郷(四国のド田舎)の習慣の話です。

うちの集落には、「ハカソヤ」という、女限定の変な習慣があります。

「ハカソヤ」にも色々あって、大きく分けてお祝いの言葉に使う場合と、お守りのことを指す場合があります。

お祝いの言葉の方は、例えば初潮が来た女の子や、恋人が出来た未婚の女性に「おめでとう」の代わりに言ったりします。

お守りの「ハカソヤ」は母親から、一人前になった娘に手渡す安産のお守りのことを言います。

例えば、娘が就職して実家を出て遠方に行く時なんかは必ず持たせます。

この場合、何をもって一人前とするのかは割といい加減で…

家によっては初潮と同時だったり、就職やお嫁入りの時だったりとバラバラなのですが、とにかく安産のお守りなのは共通しています。
(妊娠していてもいなくても。ていうかしてない場合がほとんど)

両方に共通しているのは、「必ず男性が見ていない、聞いていないところで」と言うことです。

とにかく女性限定の習慣なので、男性もいる席でおめでたいことが判明したりしたら、台所とかに呼んでこっそり「ハカソヤ、ハカソヤ」と言ったり、お守りを渡す時は、男の子のおもりを他の女性に頼んで…といった感じです。

とにかく男性には「ハカソヤ」は徹底的に隠されます。
(多分集落の男の人は「ハカソヤ」の存在自体知らない人がほとんど)

私も都内の大学に進学して、一人暮らしを始めるという時に叔母から 「ハカソヤ」をもらいました。

もらったのが母ではなく叔母からなのは、うちの母親はあまり迷信などに関して信心深い方ではなく、こういった古いしきたりも嫌っていたからです。

母も祖母から「ハカソヤ」はもらっていたようですが、私には「ハカソヤ」はあげずに、自分の代で途切れさせるつもりだったようです。
(実際、こういう習慣があるのを嫌って母は集落を出ています。妹である叔母は、お嫁入りも近所で済ませて祖母と一緒に集落に残っています)

ただ、それではあんまりおばあちゃんがかわいそうだし、それに都会は怖い所だから、女の子には絶対いるものだからと言われたので(あとでここまで叔母が言う理由を知ってぞっとしましたが)根負けして受け取った感じでした。

私がもらった「ハカソヤ」は、見た目はどこにでもあるような安産のお守りです。

ちなみにピンク色。

で、東京に出て一ヶ月目。

情けない話なのですが、今まで住んでいた町に比べて、遥かに華やかな東京の雰囲気にすっかり酔ってしまった私は、大好きなカフェ巡りや雑貨屋通い、美味しいお店探しなどしているうちに、あっという間にお金が無くなってしまい、ジリ貧に陥っていました…。
(なにせ今までいた街は、母の故郷の集落ほどではないにせよ、寂れた町でスタバ?バーミヤン?何それ?な感じでしたもので…)

バイトはまだ見つからないし、かといって一ヶ月目からお金を無心するのもどうかなと思い、家中余ってるお金は無いか探しまくったのですが見つからず…

そこで、ふと思い立ったのはお守りの存在でした。

昔の話によくあるベタなアレですが、お守りの中にお金を入れておいて困った時にお使いなさい、みたいな気遣いの仕方がありますよね。

ひょっとしたら、あの「ハカソヤ」の中にお金が入ってたりとか?などと甘っちょろい期待を抱いて「ハカソヤ」を開けてみたんです。

ところが、中にはお金など入っていませんでした。

入っていたのは形付けの厚紙と、小さい古びた布キレだけ。

二~三センチほどの、目の洗い木綿かガーゼのような布で、その半分ほどが茶色い染みで染まってて、乾いて固まってベコベコと波打っている。

ずいぶんと古い布のようで、地の部分も黄ばんでいました。

一体これは何なんだろう?私は妙な方向に思考をめぐらせていました。

生理の時、汚れたショーツを放置しとくとこんな固まり方するんだよね…。

布が変な並打ち方して固まって…

てことは、これ…血…?

でも、一人前のはなむけのお守りになんで血のついた布切れなんか?

時間が経つにつれて、気になってしょうがなくなってしまい、とうとうお金の無心の電話にかこつけて、母に聞いてみることにしました。

母は私が「ハカソヤ」を叔母からもらっていたことすら知らなかったらしく、驚いた様子でした。

「あの布は何なの?」

と聞いてみましたが、母はただ静かな声で、

「酷いことが起こらないよう気をつけてね」

と言うだけで、結局何も教えてくれませんでした。

どうしても気になったので、今度は叔母に電話してみました。

久々に話した挨拶もそこそこに、私はまくし立てました。

「あれは何なの?あの布は、あの染みは」

叔母は、あれ、知らなかったっけと言う風に、さらりと言いました。

「何って、血よ。女の子の。「ハカソヤ」は男にひどいことされない為のお守りだって、○○ちゃん、姉さんから教わらなかったの?」

一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。

叔母がしてくれた説明はこうです。

儒教が伝わる以前は、どこの地方でもそうだったらしいけれど、日本はものすごく性に関してフリーと言うか、他人の奥さんを何か物でも借りるみたいに借りては犯して、生まれた子は皆で村の子として育てるみたいな感じだったそうですね。

夜這いなんかも、堂々と行われていたのが当然だったとか。

時代が進むにつれて、一般的にはそのような価値観は薄れたのですが、うちの集落は依然としてこんな女性に辛い気風が残っていたそうで。

山奥にあるので情報が伝わりにくかったのと、この地方は貧しいし、冬には農作業も出来なくて、娯楽ややることががセ●クスくらいしかなかったのが関係してるのではと思います。

とはいっても、そんな大勢の男に好き放題されて、十月十日、誰の子ともおぼつかない子供を孕まなければいけない女性の苦悩は並大抵ではなかったでしょう。

そこで女性達が鬱憤晴らしの為か、それとも本当に男達に復讐しようとしたのかは分かりませんが、作り出したのが「ハカソヤ」だそうです。

作り方は…聞いてておいおいと思ったんですが、死産で生まれた女の子の膣に、産婆さんが木綿布を巻きつけて指をぎゅっと突っ込むんだそうです。

血が染み出たら、布をねじり絞って全体に血の染みをうつす。

それで、一人でも多くの人にお守りが多く渡るようにしたんだそうです。

血のついた部分が入るように、お守りに入る程度の大きさに切って出来上がり。

これが「ハカソヤ」の中身になります。

この「ハカソヤ」は、いわゆる女性の貞操のお守りです。

強姦や望まぬ妊娠で悲しむことがないよう、おそそ(女性器)が血を流すことのないよう、幸せな破瓜を迎えられるようにという願いがこもっているそうです。

でもひどいのが、死産の子が少なくなると、強姦で生まれたり、父親が誰だかはっきりしない女の子でもやってたんだそうです。

確かに、男達にとっかえひっかえ抱かれる社会で、幸せな初体験をしたいって望む人が多いだろうなってのは分からないでもないけれど、その子たちの幸せは…。

「ハカソヤ」の役目はもう一個。

「ハカソヤ」さえあれば、例え手篭めにされても、男に呪をかけて復讐することが出来ると信じられていたそうです。

とある女が、村の男に迫られて強姦されましたが、無理やりされていることの最中じゅうずっと「ハカソヤハカソヤ」と唱えていたら、男がいきなり内臓を口から吐いて死んだという言い伝えがあったようで。

だから「ハカソヤ」は独り立ちする女に渡されるのか!

自分を傷ものにする男を殺すために!

と、その時唐突に理解し、背筋がぞっとしました。

それと一緒に、「ハカソヤ」の語源はは「破瓜・初夜」のもじりじゃないか?だとか、「(男に内臓)吐かそうや」だったり「(男に一泡)ふかそうや」だとか、「私を傷つける『粗野』な男は殺してしまえ(墓)」だとか、諸説あることも一緒に叔母から聞きました。
(個人的には一番最初の説じゃないかと思います。お守りの性質上…で、あとはハカソヤって響きから連想した後付じゃないかと思っています。男が内臓吐いたって話ももちろん)

「じゃあ私はそんな呪いの言葉を、めでたいめでたいって意味で使ってたの!?」

と驚くと、叔母はあわてて訂正しました。

「ハカソヤが向くのは男だけよ。女の人に向けていったら『幸せなはじめてを経験できるといいね』って意味になるから大丈夫。だから男の人に聞かせたらいけないんだけどね」

昔は結婚まで性交渉なんかしなかったでしょうから、結婚する人に向かっては悪意などない、祝福の言葉以外の何者でもなかったようです。

今では婚前のセ●クスなんて当たり前のようになってしまったから、形骸化した挨拶になってしまっているようですが。

母の実家に帰るたびに、変な習慣だなーとは思っていましたが、まさかこんな意味があったなんて…

しかも、それを今だにほとんどの男性から隠し通しているあの集落の女性達のハンパない団結が怖いです。

村ぐるみで、男の人を仮想敵にしてがんばってるみたいで…

大体、このどこの誰のかも分からない血が(それも破瓜の)付いた布つきのお守りなんて、正直持っているのが気持ち悪いですが…捨てていいもんかどうか。

まさか叔母には相談できないし。

第一、私もう処●じゃないし…いいかな?と思いつつ、まだ手元にあります。

困った… orz