「 呪い 」 一覧
-
-
パワーストーンの呪力
パワーストーンの呪力
私はいわゆるパワーストーンや、占いが大好きなスイーツ脳の女で、ソレ関係の本も出版しているライター。
自称、霊感有りだが、本当にあるのかどうかはわからない。
取材もかねて、パワーストーンやヒーリング、フラワーエッセンスや、霊感アロマなどの取材を趣味と実益を兼ねて首を突っ込みまくっている。
最近、女向けの雑誌で「パワーストーン」「ワークショップ」なんて単語を目にすることがあると思う。
ああいうののチョーチン記事を書くのが仕事。
その日も、ある山間の、ヒッピーの店のような場所で、ワークショップが開かれるというので首を突っ込んでみた。
ヘンプとか自然食とか売っている店で、見るからに怪しい。
だけども、そこが癒しのスポットに見えるらしいんだわ、スイーツには。
そのワークショップってのが、石を使って相談者のハイヤーセルフ(高次元の存在・守護霊みたいなもの)とコンタクトをとるというものだった。
ワークショップの主催は、細っこい中年女性で、「すぴこん」などに出入りしてそうな人。
第一印象は悪くなかった。
私は、そういう広義の意味での占いみたいなことをする人には、引っかけとしてわざと「OLです」なんて嘘を吐いてみるんだけど、それすらも見破れない程度の霊感の持ち主だったので「ああ、これは空振りだったかも」と諦めモードに入ってしまった。
仕事の内容も、過去私がやり尽くしたことを霊視するだけで、未来視はゼロ。
肝心のハイヤーセルフからのメッセージも、「?」と思うような内容。
石とコンタクトを取ったり、天使が見えたり、妖精を呼んだりできるらしいけど、どうも眉唾っぽい。
しょうがないから自分から「私、スピリチュアル系のライターやってて、仕事で悩んでて、その相談に来ました」というと、ものすごく食いついてきた。
「是非お友達になりましょう!是非!是非!」なんて、しつこいぐらい食い下がられて、メルアドだけは教えてしまった。
そのとき、なんか嫌~な予感がして、自分の仕事の方のペンネームは教えず、本名と生年月日だけしか教えなかったんだわ。
その後も、そのワークショップ主催者から何回かメールがあったんだけど、なんとも言えない気持ちの悪さを感じて、メルアドを変えてしまったんだ。
その人のパワー入りの水晶のブレスなんかをお礼にもらったんだけど、何だか嫌な感じがして付ける気にならなかった。
メルアドを変更して、二、三日経った頃の話だ。
私の部屋はフローリングで、荷物はすくなく、ベッドもなく、床に布団を敷いて寝ているんだが、夜中、いきなり目が覚めた。
案の定金縛り。
自分の体が疲れている金縛りなのか、霊由来なのかの区別ぐらいはつくので「おおう久しぶりに霊が来たぜネタにしてやろう」とドキドキしていたら、こいつがとんでもない奴だった。
ずず、ずず、と、布団の周りを何か重たいものを引きずる音がする。
どうやら腕だけを使って這い回っているらしい。
それでも私は自衛隊の匍匐前進を思いだし、怖いどころか、ちと笑ってしまった。
真上を向いて金縛られているので奴の姿は見えない。
笑いを堪えながら金縛りに耐えていると、「○○さーん、○○さーん」と、私の名前を呼ぶ声がする。
拾った霊にしては、私の名前なんか呼びやがってなれなれしい奴だな、と思ってると「どうして返事くれないのー」なんて言いやがる。
あ、あのワークショップのあいつか。
ワークショップなんて開いて、占い師のまねごとなんかするぐらいだから、他人の所に想念を飛ばすぐらい屁でもないんだろうな。
眼球だけは動くので、あいつかどうか確かめようと思って、ちらりと顔を覗き込んだ。
あいつかどうかはわからなかった。
だって包帯で顔中ぐるぐる巻きだったから。
それでもって、ちょうど目の位置に当たる部分だけ、赤い血の染みが浮き出ているんだ。
それで、真っ赤な目に見える。
「血の染みは嫌だなあ、サイレントヒルみたい(まだ余裕)」とか思っているうちに、すーっと気を失ってしまった。
で、翌朝。
目が覚めると、なんか部屋中がクッサイの。
血なまぐさいとは違う、生命由来の嫌な臭いで、あまりの臭さに目が覚めた。
布団の周りには、でっかいムカデが何匹も死んでた。
ただ死んでるだけじゃなく、なにか重いものですりつぶして、私の布団の周りをぐるぐると引きずったような跡があるわけ。
これには参った。
資料として読んでいて、開きっぱなしのページの上にも、私が脱ぎ捨てた服の上にも、全部にムカデの体液。
臭いのなんのって。
それが朝起きたらすでに乾きかけてるの。
悔しいやら気持ち悪いやら吐きそうになるわ、泣きながら雑巾で刮ぎ取った。
服は洗っても洗っても臭いが取れないから捨てた。
後日、ライター仲間に、そのワークショップの主催者について聞いてみると、ライター仲間でも知っている人がいた。
「天使」「妖精」「水晶のパワー」とか言っているわりに、とにかく上昇志向の強い人で、なにがなんでも売れたいという気持ちがすごい人として、ライターの間ではよくない方に有名だったらしい。
そのライターさんに、体験した話をすると、「そう言えばその人、足と目が不自由なんだよ」ということだった。
ああ、だから匍匐前進で、顔を包帯でぐるぐる巻きにして目から血を流しているんだってわかったよ。
「ハイヤーセルフからのメッセージっても当たらないんだけどねアハハ」みたいに笑って話していたけど、ハイヤーセルフや守護霊のメッセージは受け取れなくても、すごい呪いをかけることができる、呪術師としての才能の方がある人なんだなーと思ったわけ。
そんな奴にペンネームなんか教えたら、仕事にどんな影響を及ぼされていたかと思うと気が気じゃない。
今、パワーストーンブレスとか流行ってるでしょう。
ああいうのにパワー込めるとか、天使がナントカとか妖精がナントカと言っている奴の中には、こうやって得体の知れないパワーを込めている奴もいるから注意して欲しい。
もし、自分が悪霊の立場だったとして、このスピリチュアルブームに便乗しない手はないと思うからさ。
-
-
藁人形
藁人形
俺は建設会社で現場作業員をしています。
ある年の年末に、道路工事の現場で働いている時のことでした。
1日の作業を終えてプレハブの現場事務所へ戻ると、
ミーティングなんかに使う折り畳み式のテーブルの上に、新聞紙が拡げてありました。
真ん中が微妙にふくらんでいて、何か置いた上に新聞紙を被せてあるような感じ。
なにコレ?とか思って、何気なく新聞紙の端を持ってめくりました。
藁人形でした。しかも髪の毛付き。
「っじゃー!!」
けったいな声を上げた俺を見て、人が集まってきました。
「なんやなんや」「うわぁ!これワラ人形やんけ」「こんなん始めて見たわ」「やばいなー」
いつの間にか人だかりができて、ちょっとした騒ぎになりました。そこへ、近くの砂防ダムの現場で働いているオッさんが入ってきました。
この現場事務所は、道路工事と砂防ダム工事の共用だったんです。
「ああ、コレな。松本んとこのオッさんが、木切ってるときに見つけたらしいわ」
松本というのは、下請けの土建屋だったんですが、
そこの作業員が見つけたのを、捨てるのも気持ち悪いということで、事務所まで持ち帰ったのです。
「山に行ったら藁人形かて、タマ~にあるらしいぞ。ワシも何回か見たことあるで」
「人形は、明日にでも近くの神社へ持っていく段取りだ」という話でした。翌朝、朝礼に出るために現場事務所へ行くと、入口のあたりに人が集まっていました。
「どないしたん?」
「夜のうちに誰かが事務所に入ったらしいわ」
見ると、入口のサッシが開いています。
そこから中を覗くと、荒らされている室内の様子がわかりました。
人里離れたところにある事務所だったし、セコムは付いていなかったしで、
朝イチのオッさんが第一発見者でした。
入口には鍵が掛かっていたのですが、無理矢理こじ開けられていたようです。
事務所の中には、パソコンや測量道具など値の張るものが置いてあったのですが、
そういったモノは何も無くなっていませんでした。
ただ、例の藁人形だけがどうしても見つからないそうです。「ちょっとアレ見てみ」
俺の前にいたオッさんが指差す方を見ると、
床や壁の至るところに、泥だらけの足跡や手形が残っています。
「あの足跡な、あれ、素足やな…」
それを聞いて、俺は背筋が急に寒くなるのを感じました。
-
-
おばちゃんのお家はどこ?
おばちゃんのお家はどこ?
二十代の主婦である私は、一年前まで、東京都下のある公団住宅に住んでいました。
ある夕方、私は近くの棟に住む三田さんという顔見知りの主婦と一緒に、敷地内の児童公園の中を歩いていました。
すると夕暮れの園内に、ひとりぽつんとブランコに乗っている小学生ぐらいの女の子がいたのです。このあたりの子供なら、たいていは見知っているのですが、初めて見かける顔で、おかっぱ頭でクリクリとした瞳の、可愛らしい子でした。
私たちがその横を通りすぎようとすると、女の子は私たちに声をかけてきました。「おばちゃんたちのおうちはどこ?」
三田さんの家はちょうどその公園から見える場所にあったので、「あそこよ」と、窓を指さして教えたのです。
すると女の子は「ありがとう」と、礼儀正しくお礼を言って頭を下げると、走って公園を出て行ってしまいました。何が「ありがとう」なのかわからなかったのですが、子供のいうことだから、と思い、私たちはとくに気にもせず、それぞれの家へ戻りました。
その翌日、ゴミ出しにいった私は、ゴミの集積場に集まっていた人たちから、三田さんが昨夜、階段から落ちて大怪我をしたのだという話を聞きました。
『気の毒に。お見舞いに行かなければ』と思いましたが、私はそのときにはそれ以上、何も考えなかったのです。
私が『おかしい』と思い始めたのは、その次にあの女の子の姿を見かけてからでした。
三田さんの怪我から数日後のことです。
やはり夕方に敷地内を歩いていた私は、どこかから『おばちゃんのおうちはどこ?』という子供の声がきこえてきたのにギクリとして立ち止まりました。
振り向くと、私の隣の部屋に住む主婦が、おかっぱの女の子と立ち話をしています。
それは、あの日ブランコに乗っていた女の子でした。
私は妙な胸騒ぎを感じました。
なぜ、あんなあどけない子供の言動に、こんなに不安を感じているのか自分でもよくわかりませんでしたが、私はそそくさとその場を立ち去りました。その夜、私は自分のカンが正しかったことを知りました。
隣家の主婦が料理中に熱い天ぷら油を自分の足にこぼして、救急車を呼ぶ大騒ぎになったのです。
あの少女と不幸な事故のあいだに何かの関係があるのでは、と思う一方、そんなことはありえない、とも思いました。
それでも私はやはり、夕暮れには、できるだけ家から出ないようにすることにしたのです。そんなある日の夕方、緊急の回覧板が、まわってきました。
数日後に控えた住民集会についてのお知らせで、なるべく早くまわすようにという指示でした。
私は、建物内の廊下を通って上の階に行くぐらいなら、まさかあの女の子に会うこともあるまい、と思い、思い切ってドアから外に出ました。
途中、誰に会うこともなく上の階の部屋へ回覧板をまわした私は、すぐに自分の部屋へ戻ろうとしました。
階段を下り、角を曲がればもう自宅の部屋のドアです。
私はホッとしながら角を曲がり、そこで危うく悲鳴をあげそうになりました。
そこには、あのおかっぱの女の子が、ニコニコと笑顔を浮かべて立っていたのです。私は血の気が引くような思いで、その場に立ちすくんでしまいました。
女の子は『おばちゃんのおうちはどこ?』と、あどけない様子で尋ねてきます。
私は何も答えずに、問いかけを無視して小走りに女の子の脇をすり抜け、あわてて自分の部屋に駆け込みました。
ドアを閉ざした直後に、小さくドアをノックする音とともに『おばちゃんのおうちはどこ?』という声が聞こえました。
私は鍵をかけ、チェーンまでしっかりとかけて、決してドアを開けませんでした。少しすると、女の子はあきらめたようで、ドアの覗き穴から見ると外には誰もいなくなっていました。
そんな日にかぎって、主人は帰りが遅いのです。
私は一人でいるのが怖くて、主人の帰りを今か今かと待ちかねていました。
結局、その日、主人が帰宅したのは十二時近くでした。玄関まで走って出迎えた私に、ほろ酔いかげんの主人は、『今、下で、小さな女の子に話しかけられたよ。こんな時間にどこの子かな』と言うのです。
ゾッとした私は、あわてて問いただしました。「何て話しかけられたの!?」
「『おじちゃんのうちはどこ?』って聞くんだよ。俺は、ちょっとからかうつもりで、『おじちゃんのうちは、そこの電話ボックスだよ。お嬢ちゃんはどこに住んでるんだ? もう帰らないと危ないよ』って答えたら、『ありがとう』って頭を下げて、走って行っちゃったんだ。おかしな子だな」
私は主人に、あの女の子と不幸な事故のことを話しました。
主人は笑って取り合おうとはしませんでした。
けれども、翌日、団地内の電話ボックスが不審火で黒焦げになったのです。
それは主人が女の子に示した電話ボックスでした。私はそれ以来、どうしてもその団地にいることに我慢ができず、無理をいって引っ越すことに決めました。
主人はいまだに私のいうことを本当には信じていないようですが、私は、あの女の子が不幸を運んでいたのだと確信しています。
-
-
八尺様
八尺様
親父の実家は自宅から車で二時間弱くらいのところにある。
農家なんだけど、何かそういった雰囲気が好きで、高校になってバイクに乗るようになると、夏休みとか冬休みなんかにはよく一人で遊びに行ってた。
じいちゃんとばあちゃんも「よく来てくれた」と喜んで迎えてくれたしね。
でも、最後に行ったのが高校三年にあがる直前だから、もう十年以上も行っていないことになる。
決して「行かなかった」んじゃなくて「行けなかった」んだけど、その訳はこんなことだ。春休みに入ったばかりのこと、いい天気に誘われてじいちゃんの家にバイクで行った。
まだ寒かったけど、広縁はぽかぽかと気持ちよく、そこでしばらく寛いでいた。そうしたら、「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ…」
と変な音が聞こえてきた。機械的な音じゃなくて、人が発してるような感じがした。
それも濁音とも半濁音とも、どちらにも取れるような感じだった。
何だろうと思っていると、庭の生垣の上に帽子があるのを見つけた。
生垣の上に置いてあったわけじゃない。帽子はそのまま横に移動し、垣根の切れ目まで来ると、一人女性が見えた。まあ、帽子はその女性が被っていたわけだ。
女性は白っぽいワンピースを着ていた。でも生垣の高さは二メートルくらいある。その生垣から頭を出せるってどれだけ背の高い女なんだ…
驚いていると、女はまた移動して視界から消えた。帽子も消えていた。
また、いつのまにか「ぽぽぽ」という音も無くなっていた。そのときは、もともと背が高い女が超厚底のブーツを履いていたか、踵の高い靴を履いた背の高い男が女装したかくらいにしか思わなかった。
その後、居間でお茶を飲みながら、じいちゃんとばあちゃんにさっきのことを話した。
「さっき、大きな女を見たよ。男が女装してたのかなあ」
と言っても「へぇ~」くらいしか言わなかったけど、
「垣根より背が高かった。帽子を被っていて『ぽぽぽ』とか変な声出してたし」
と言ったとたん、二人の動きが止ったんだよね。いや、本当にぴたりと止った。その後、「いつ見た」「どこで見た」「垣根よりどのくらい高かった」
と、じいちゃんが怒ったような顔で質問を浴びせてきた。
じいちゃんの気迫に押されながらもそれに答えると、急に黙り込んで廊下にある電話まで行き、どこかに電話をかけだした。引き戸が閉じられていたため、何を話しているのかは良く分からなかった。
ばあちゃんは心なしか震えているように見えた。じいちゃんは電話を終えたのか、戻ってくると、
「今日は泊まっていけ。いや、今日は帰すわけには行かなくなった」と言った。
何かとんでもなく悪いことをしてしまったんだろうか。
と必死に考えたが、何も思い当たらない。あの女だって、自分から見に行ったわけじゃなく、あちらから現れたわけだし。そして、「ばあさん、後頼む。俺はKさんを迎えに行って来る」と言い残し、軽トラックでどこかに出かけて行った。
ばあちゃんに恐る恐る尋ねてみると、
「八尺様に魅入られてしまったようだよ。じいちゃんが何とかしてくれる。何にも心配しなくていいから」
と震えた声で言った。
それからばあちゃんは、じいちゃんが戻って来るまでぽつりぽつりと話してくれた。この辺りには「八尺様」という厄介なものがいる。
八尺様は大きな女の姿をしている。名前の通り八尺ほどの背丈があり、「ぼぼぼぼ」と男のような声で変な笑い方をする。
人によって、喪服を着た若い女だったり、留袖の老婆だったり、野良着姿の年増だったりと見え方が違うが、女性で異常に背が高いことと頭に何か載せていること、それに気味悪い笑い声は共通している。
昔、旅人に憑いて来たという噂もあるが、定かではない。
この地区(今は○市の一部であるが、昔は×村、今で言う「大字」にあたる区分)に地蔵によって封印されていて、よそへは行くことが無い。
八尺様に魅入られると、数日のうちに取り殺されてしまう。
最後に八尺様の被害が出たのは十五年ほど前。これは後から聞いたことではあるが、地蔵によって封印されているというのは、八尺様がよそへ移動できる道というのは理由は分からないが限られていて、その道の村境に地蔵を祀ったそうだ。八尺様の移動を防ぐためだが、それは東西南北の境界に全部で四ヶ所あるらしい。
もっとも、何でそんなものを留めておくことになったかというと、周辺の村と何らかの協定があったらしい。例えば水利権を優先するとか。
八尺様の被害は数年から十数年に一度くらいなので、昔の人はそこそこ有利な協定を結べれば良しと思ったのだろうか。そんなことを聞いても、全然リアルに思えなかった。当然だよね。
そのうち、じいちゃんが一人の老婆を連れて戻ってきた。「えらいことになったのう。今はこれを持ってなさい」
Kさんという老婆はそう言って、お札をくれた。
それから、じいちゃんと一緒に二階へ上がり、何やらやっていた。
ばあちゃんはそのまま一緒にいて、トイレに行くときも付いてきて、トイレのドアを完全に閉めさせてくれなかった。
ここにきてはじめて、「なんだかヤバイんじゃ…」と思うようになってきた。しばらくして二階に上がらされ、一室に入れられた。
そこは窓が全部新聞紙で目張りされ、その上にお札が貼られており、四隅には盛塩が置かれていた。
また、木でできた箱状のものがあり(祭壇などと呼べるものではない)、その上に小さな仏像が乗っていた。
あと、どこから持ってきたのか「おまる」が二つも用意されていた。これで用を済ませろってことか・・・「もうすぐ日が暮れる。いいか、明日の朝までここから出てはいかん。俺もばあさんもな、お前を呼ぶこともなければ、お前に話しかけることもない。そうだな、明日朝の七時になるまでは絶対ここから出るな。七時になったらお前から出ろ。家には連絡しておく」
と、じいちゃんが真顔で言うものだから、黙って頷く以外なかった。
「今言われたことは良く守りなさい。お札も肌身離さずな。何かおきたら仏様の前でお願いしなさい」
とKさんにも言われた。テレビは見てもいいと言われていたので点けたが、見ていても上の空で気も紛れない。
部屋に閉じ込められるときにばあちゃんがくれたおにぎりやお菓子も食べる気が全くおこらず、放置したまま布団に包まってひたすらガクブルしていた。そんな状態でもいつのまにか眠っていたようで、目が覚めたときには、何だか忘れたが深夜番組が映っていて、自分の時計を見たら、午前一時すぎだった。
(この頃は携帯を持ってなかった)なんか嫌な時間に起きたなあなんて思っていると、窓ガラスをコツコツと叩く音が聞こえた。小石なんかをぶつけているんじゃなくて、手で軽く叩くような音だったと思う。
風のせいでそんな音がでているのか、誰かが本当に叩いているのかは判断がつかなかったが、必死に風のせいだ、と思い込もうとした。
落ち着こうとお茶を一口飲んだが、やっぱり怖くて、テレビの音を大きくして無理やりテレビを見ていた。そんなとき、じいちゃんの声が聞こえた。
「おーい、大丈夫か。怖けりゃ無理せんでいいぞ」
思わずドアに近づいたが、じいちゃんの言葉をすぐに思い出した。
また声がする。
「どうした、こっちに来てもええぞ」じいちゃんの声に限りなく似ているけど、あれはじいちゃんの声じゃない。
どうしてか分からんけど、そんな気がして、そしてそう思ったと同時に全身に鳥肌が立った。
ふと、隅の盛り塩を見ると、それは上のほうが黒く変色していた。一目散に仏像の前に座ると、お札を握り締め「助けてください」と必死にお祈りをはじめた。
そのとき、
「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ…」
あの声が聞こえ、窓ガラスがトントン、トントンと鳴り出した。
そこまで背が高くないことは分かっていたが、アレが下から手を伸ばして窓ガラスを叩いている光景が浮かんで仕方が無かった。
もうできることは、仏像に祈ることだけだった。とてつもなく長い一夜に感じたが、それでも朝は来るもので、つけっぱなしのテレビがいつの間にか朝のニュースをやっていた。画面隅に表示される時間は確か七時十三分となっていた。
ガラスを叩く音も、あの声も気づかないうちに止んでいた。
どうやら眠ってしまったか気を失ってしまったかしたらしい。
盛り塩はさらに黒く変色していた。念のため、自分の時計を見たところはぼ同じ時刻だったので、恐る恐るドアを開けると、そこには心配そうな顔をしたばあちゃんとKさんがいた。
ばあちゃんが、よかった、よかったと涙を流してくれた。下に降りると、親父も来ていた。
じいちゃんが外から顔を出して「早く車に乗れ」と促し、庭に出てみると、どこから持ってきたのか、ワンボックスのバンが一台あった。そして、庭に何人かの男たちがいた。ワンボックスは九人乗りで、中列の真ん中に座らされ、助手席にKさんが座り、庭にいた男たちもすべて乗り込んだ。全部で九人が乗り込んでおり、八方すべてを囲まれた形になった。
「大変なことになったな。気になるかもしれないが、これからは目を閉じて下を向いていろ。俺たちには何も見えんが、お前には見えてしまうだろうからな。
いいと言うまで我慢して目を開けるなよ」
右隣に座った五十歳くらいのオジさんがそう言った。そして、じいちゃんの運転する軽トラが先頭、次が自分が乗っているバン、後に親父が運転する乗用車という車列で走り出した。車列はかなりゆっくりとしたスピードで進んだ。おそらく二十キロも出ていなかったんじゃあるまいか。
間もなくKさんが、「ここがふんばりどころだ」と呟くと、何やら念仏のようなものを唱え始めた。
「ぽっぽぽ、ぽ、ぽっ、ぽぽぽ…」
またあの声が聞こえてきた。
Kさんからもらったお札を握り締め、言われたとおりに目を閉じ、下を向いていたが、なぜか薄目をあけて外を少しだけ見てしまった。目に入ったのは白っぽいワンピース。それが車に合わせ移動していた。
あの大股で付いてきているのか。
頭はウインドウの外にあって見えない。しかし、車内を覗き込もうとしたのか、頭を下げる仕草を始めた。
無意識に「ヒッ」と声を出す。
「見るな」と隣が声を荒げる。
慌てて目をぎゅっとつぶり、さらに強くお札を握り締めた。コツ、コツ、コツ
ガラスを叩く音が始まる。
周りに乗っている人も短く「エッ」とか「ンン」とか声を出す。
アレは見えなくても、声は聞こえなくても、音は聞こえてしまうようだ。
Kさんの念仏に力が入る。やがて、声と音が途切れたと思ったとき、Kさんが「うまく抜けた」と声をあげた。
それまで黙っていた周りを囲む男たちも「よかったなあ」と安堵の声を出した。やがて車は道の広い所で止り、親父の車に移された。
親父とじいちゃんが他の男たちに頭を下げているとき、Kさんが「お札を見せてみろ」と近寄ってきた。
無意識にまだ握り締めていたお札を見ると、全体が黒っぽくなっていた。
Kさんは「もう大丈夫だと思うがな、念のためしばらくの間はこれを持っていなさい」と新しいお札をくれた。その後は親父と二人で自宅へ戻った。
バイクは後日じいちゃんと近所の人が届けてくれた。
親父も八尺様のことは知っていたようで、子供の頃、友達のひとりが魅入られて命を落としたということを話してくれた。
魅入られたため、他の土地に移った人も知っているという。バンに乗った男たちは、すべてじいちゃんの一族に関係がある人で、つまりは極々薄いながらも自分と血縁関係にある人たちだそうだ。
前を走ったじいちゃん、後ろを走った親父も当然血のつながりはあるわけで、少しでも八尺様の目をごまかそうと、あのようなことをしたという。
親父の兄弟(伯父)は一晩でこちらに来られなかったため、血縁は薄くてもすぐに集まる人に来てもらったようだ。それでも流石に七人もの男が今の今、というわけにはいかなく、また夜より昼のほうが安全と思われたため、一晩部屋に閉じ込められたのである。
道中、最悪ならじいちゃんか親父が身代わりになる覚悟だったとか。そして、先に書いたようなことを説明され、もうあそこには行かないようにと念を押された。
家に戻ってから、じいちゃんと電話で話したとき、あの夜に声をかけたかと聞いたが、そんなことはしていないと断言された。
やっぱりあれは…
と思ったら、改めて背筋が寒くなった。八尺様の被害には成人前の若い人間、それも子供が遭うことが多いということだ。まだ子供や若年の人間が極度の不安な状態にあるとき、身内の声であのようなことを言われれば、つい心を許してしまうのだろう。
それから十年経って、あのことも忘れがちになったとき、洒落にならない後日談ができてしまった。
「八尺様を封じている地蔵様が誰かに壊されてしまった。それもお前の家に通じる道のものがな」
と、ばあちゃんから電話があった。
(じいちゃんは二年前に亡くなっていて、当然ながら葬式にも行かせてもらえなかった。じいちゃんも起き上がれなくなってからは絶対来させるなと言っていたという)今となっては迷信だろうと自分に言い聞かせつつも、かなり心配な自分がいる。
「ぽぽぽ…」という、あの声が聞こえてきたらと思うと…
-
-
女の存在を知らせること
女の存在を知らせること
※※注意※※
この話を読む前に次のことをしてくれるとうれしいです。1、左足のすねを触ってください。
2、触ったまま目を閉じて「篠原」という名前を頭のなかで呼んでください。
3、同様のことを左の薬指と小指にも行ってください。
以上のことを行った方から下にお進みください。
なお、かなりの長文ですが区切らず、話を進めていこうと思います。今から8年と10ヶ月前のことです。当時、高校3年生だった僕は富山の立山というところに住んでいました。桜もほとんどが散り、とても暖かい一日でした。
受験シーズンに入ろうとしていましたが、僕はただダラダラと過ごしていました。
高校を卒業した後、実家の弁当屋の手伝いをすることに決めていたからです。周りもそんな奴らばっかりでした。僕の学校はレベルが低く、ガラの悪いのが当たり前みたいな感じでした。僕自身も髪の色は茶色でした。友達のIとHとは中学からの親友でした。
カツアゲみたいなことはしなかったけれどバイクに乗ったり(当時、無免許でした。)、タバコ吸ったりはしていました。「明日、遊びにいかん?」といってきたのはHからでした。ちょっと遠くにいかんけ、と。富山には、遊べるほどの場所がほとんどありませんでした。あってもパチンコくらいです。「どこに行くが?」と聞くと、Hは「村。」と一言いいました。
「なん、実はそこで肝試しやろっかな・・・って思って。いや、女子とかも誘うし!」と付け加え、行こう、と言ってきました。
正直、楽しくなさそうだなと思っていましたが。女子もくるなら・・・ということでそれに応じました。Iはかなり乗り気でした。「俺、写るんですもって来る!」みたいなことを言ってたような気がします。
「じゃあ俺、女子誘うわ。」といってHが右足の義足を引きずりながら。女子のところに歩いていきました。Hの右足はひざから下がありません。本人は「バイクで事故った。」と言ってました。
結局、集まったのはIとHと僕、女子が3人の計6人。電車を乗り継ぎ、2時間くらいかかりました。「マジで合コンみたい。」「やっば楽しくなってきたんやけど。」といっていました。
Hがいうには普通の村だけどそこで幽霊がでるらしいのです。
といっても怖さは全然ありませんでした。ただのお楽しみ会のようでした。
村ではほとんどが田んぼですが、ポツリポツリと明かりがついてました。まさに「田舎」という感じです。いく当ても無くただ歩いていました。遠くから人が話している声も聞こえてきました。なんかおかしいな、と思い始めたのはそれから5分くらい経ってからでした。
女子が「なんか気持ち悪い。」とか「歩きたくない。」といい始めました。なんの冗談だよ、マジでうぜえな、と思っていた僕ですが、だんだんと目眩がしてきました。キーーーンと耳鳴りもしてきています。このときはまだ余裕がありました。Iは「幽霊来るって。まじカメラもって来てよかったし。」と笑っていたと思います。
ふいに、自分達が歩いているとこがアスファルトから、砂利道に変わったことに気がつきました。あれ?と思い周囲を見渡します。女子の一人が「どうしたん?」と声をかけてきました。
村の雰囲気がおかしかったのです。
邪気とかそういう意味ではなく、なんとなく古くなっていました。昭和の村というか、タイムスリップしたみたいでした。
女子もなんか古いよね、といい始め。Iもカメラを撮り始めました。
目をやると酒屋だと思われるところに「キリンビール」とかいてあるポスターも貼ってありました。その横にはビール瓶とそれを入れる籠が置いてあります。
家からはテレビの音が聞こえてきます。昔の音というか、独特の音楽が流れてきました。
ここまでくるとさすがに不気味になってきて誰からともなく「引き返そう。」というようになってきました。ところがHは「もう少しだけ進もう。頼むから、もう少しだけ。」といってどんどん進んでいきます。
このころから僕はHに疑問をもつようになりました。これまでHは一言もしゃべってないし、適当に歩き回っているはずなのに「もう少しだけ進もう。」と僕たちに言ったりしたり。あきらかにHは「目的をもって」行動していまいした。ただそれは、今だから考えられることであのときは「なんか怖いな、H。」ぐらいにしか思っていませんでした。
Hは右足を引きずって黙々と進んでいきました。
民家からは「東京ブギウギ」が流れてきていました。Hの動きがある家の前でピタッと止まりました。「H、帰る気なったん?」と女子が聞いてきました。くるっとHが僕たちを見回しました。Hが僕たちを見る目には哀れみが混ざっていました。Iが「なに?ここが幽霊でるとこ?」と勝手に入って行きます。女子も入っていきました。それに続いて僕とHも門をくぐりました。
表札には「篠原」と立て掛けられていました。その家は他の家と違って電気はついていませんでした。
庭から物音がすることに気付いたのは女子の一人でした。勝手に入ってたら怒られるな、と思って出ようとすると、Hが「あっちに行こう。」と言い出しました。「ふざけんなや。」IがHに向かっていいましたが。女子やHはすでに物音のする方向に向かっていて、Iも僕もしぶしぶそこに歩を進めました。
そういえば、人に会うのこれがはじめてかも・・・と思っていましたが、真夜中だしこんなものだろうかと思い、気にしませんでした。庭を少し歩くと人がいました。「第1村人発見じゃね?」とIが僕にいってきます。あれは幽霊じゃねえだろ、と考えながらHに尋ねました。
Hの顔が異常でした。鼻息はフーフーと荒く、汗が傍目からでも分かるほど流れていました。足が震え始め、次第には歯を鳴らすようになりました。
Hの目線に合わせて頭をスライドさせてもそこには後ろ向きにかがんでいる人がいるだけ。かがんでいる人は古い花柄のワンピースを着ていて、肩にかからないほどのパーマをかけていました。この人も昭和みたいだな。というのが第1印象でした。
その女の人は右手を振りかざし、そのまま目の前の地面に手刀よろしく右手を振り落としていました。そして、女の人の向こうにはマンホール4,5個分くらいの穴がぽっかりと開いていました。正直、明かりもついてなかったので、女の人がなにしているのかわかりませんでした。穴にもなにがあるのかさっぱりです。黙々と作業している女の人を後ろから眺めている6人の男女。
隣の家からは、「りんごかわい~や~かわいやり~ん~ご~」とかなんとかと歌っている女の歌手の声。
なんだこれは、と一人で苦笑していると突然女の人の周りが明るくなりました。その後にパシャっというカメラのシャッター音。「ああ、まちがってIがカメラを押しちゃったんだな。」と理解する前に僕の頭のなかは目の前の光景に引き付けられました。
女の人の右手には大振のナタがあり、光りでなぜか赤茶色に反射しました。それよりも息を呑んだのは穴の中の光景でした。
一瞬の光りでも僕の目はそれを認識しました。バラバラの手が、足が、指が、胸が、破れた服が、大きい額縁めがねが、頭皮が、髪の毛が見えました。それもいくつも。真っ赤な斑点が無数にとびちり、真っ赤な臓器のようなものも見えた気がします。女の足元には先ほど切ったであろう体が千切れかけで転がっていました。
全身の毛穴が開くような感覚がありました。手が足が震えてきました。唐突にHが門に向かって走りだしました。右足がないとは感じさせないほどはやく、ずり、ずりと。後ろにいたHがいきなり走り出し、僕は顔を後ろに向けました。目線がHに向いていく中、僕の視界は端に女の姿を捉えました。ゆらりと女は立ちあがって体は小刻みに揺れています。ぎゃああああ。
女子の一人が叫んだのが合図になりました。
女は回転切りをするように体を半回転させました。右手にナタをもって、関係の無い左手も思い切りふり上半身だけをまず回し、次に下半身を動かす歪な動き方で。ナタは叫んだ女子のこめかみを捕らえました。女の動きに合わせて女子の体も動きます。シュトっという子気味よい音と同時に女子の叫びもぷつりと切れました。
ナタと一体となった女子は不自然な格好でその場に突っ伏しました。このときには僕やIや女子は走り出していました。
4人の精一杯の合唱も息ピッタリに重なり合いました。「えぐっ。」と呻き声をだして女子の一人が体は走っているのに頭だけは女に引き寄せられていました。見ると長い髪の毛をわし掴みにされ引っ張られていました。僕は顔を前に戻し、走り続けました。女の子を見殺しにしました。あのときは恐怖が頭のなかを占めていてそれどころではなかったのです。
「やめっ、ああああいいいい!!!」女子が叫び、泣き出しました。叫び声をあげている途中もシュトン、シュトンとナタを振り落とす音が聞こえてきました。僕とIと女子一人の三人は一気に砂利道を駆けていきました。
先頭を走っていた女子が方向を変え、明かりのついている家の戸を叩き「助けてくださいぃ!!」とドンドンと引き戸を叩き始めました。引き戸を開けようとすると、スーーっと戸が開き、力を入れていたため、女子は多少よろけています。それでも玄関に転がっていくようにして入っていきました。僕もその家に入りました。「助けったすっ。」と掠れながらも必死に声を出しました。Iは一瞬足を止め、躊躇っていましたが、別の方向へと走っていきました。なかの風景も異常でした。オレンジ色の豆電球が上からぶら下がっているだけ。ちゃぶ台には味噌汁や焼き魚、おひたしが並んでいました。テレビはサザエさんの家にあるような大きなテレビで、ふすまや座布団もありました。
でも人がいません。そこから人だけが消えたよでした。僕はそんなこと気にもせず、「誰かっ。誰か。」と声を出し続けました。涙声で鼻水をズルズルとすっていました。僕と女子は顔を見合わせます。「誰もいない・・・。」一体どうなっているのかわかりませんでした。ガラガラガラガラ・・・
心臓が飛び出るのではないかと思いました。
誰かが戸を開けて入ってきました。Iだろうか?それともこの家の人だろうか?と思っていましたが、女子は顔を強張らせてこっちをみています。あの女だ。
反射的に押入れに手をやりました。押入れの中は新聞紙が敷いてあるだけでした。僕は女子そっちのけでなかに入ります。それに続いて女子も。すっと閉め、息を殺しました。
その直後ぎしぎし・・・と足音が聞こえてきました。脂汗が吹き出てきます。しばらくぎしぎしと音が鳴り。辺りを探していました。よく聞くと「ほほほほほほほっほほほほほほほほほほほほほほほほほ・・・。」と笑っているような声が聞こえました。女の人の金きり声のようでした。ドクドクと心臓が高鳴ります。ふいに、物音がしなくなりました。女の声も聞こえません。無音になりました。僕は女子の顔をみようと顔を上げました。「そこかぁ。」
シュッと戸が開き、向こうから腕が伸びてきました。手は血で赤く染まっていました。その手は女子の首を掴み居間へと引きずり出しました。「いやああああああああああぁぁああ。」と叫ぶ声が聞こえます。
僕は咄嗟に押入れから飛び出しました。彼女を助けるためではありません。今なら逃げ出せる、と思ったからです。
中腰のまま僕は飛び出ました。女は僕に気付き、「あはっ。」と笑い声を出しました。そこで女の顔を僕はのぞいてしまいました。顔色は薄い灰色で返り血や電球のオレンジ色で変な抽象画をみているようでした。唇は不自然な程潤っていて、異常なほど口端を吊り上げていました。目は明らかに焦点があっておらず、半分白目のようでした。口からは「ほほほほほ・・・」と空気の漏れるかのような音をだしています。
女は左手で女子の首を抱え、右手のナタを僕に向かって振り下ろしてきました。シュト
目の前に芋虫のようなものがくるくると飛んできました。なんだあれは、と目をこらすとそれは指でした。状況が判断できず、それでも逃げようと左手を床についたとき、いつもある左手の小指と薬指がなく、代わりに飛び散った血がありました。
「びゃぁああうううう・・・。」情けない声を出して僕は畳を転げ回りました。全身の毛が逆立ち、耐え難い苦痛が僕を襲いました。心臓が早鐘をうっています。それでも僕は左手を押さえながら、必死に玄関に向かいました。
「いやっいやだぁああ!ああああああ!」と必死に叫ぶ声と食器をひっくり返す音を背後に聞きながら僕は玄関を出ました。誰でもいいから助けてください。自分の血が服につき、涙と汗で顔がグシャグシャになっていました。
来た道を必死に思い出し走りました。あああああと叫び声を上げていました。砂利を踏む音がアスファルトに変わっていったのは走り出してしばらくしてからのことでした。ここから後は記憶が飛んでいて、次に思い出せるのは病院で目をさましたところからです。
あのとき、通りかかった人が血だらけにいなりながら泣き喚いている僕を見つけ、近くの労災病院に運んでくれたらしいです。両親は警察に被害届を出しておらず、(普段でも家に帰ってこないことは日常茶飯事でした。)両親が病院に駆けつけたのは僕が目を覚まして両親の名前と住所を言ってからのことでした。
次第に落ち着いてきた僕は起こったことを医師や両親に話しました。肝試しをしにここに来たこと。歩いていたら、景色が変わっていったこと。ナタを持った女が襲い掛かってきたこと、女子3人が見ているかぎりもう死んでしまったこと。僕がこのことを喋ったことで始めて事件としてみてもらえるようになりました。
しかし、5人のうち、女子3人の遺体は発見されず、行方不明者扱いになってしまいました。Iの行方もいまだに分かりません。おそらく女に見つかってしまったのではないかと思います。しかし、Hだけは、自宅にもどり、今回の事件のことを話さないでいたとのことです。目を覚ましてから2日後、Hが僕の病室を訪れました。
「○野(僕の名前)お前に話しておきたいことがあるんやけど・・・。」Hは第一声にこう切り出した後、「とりあえず、助かってよかった。」といいました。
Hのどの言葉がカンに触ったのかはよく分かりませんが、一気に頭に血が上りました。「おんまえ!なにがよかったじゃボケが!てめえがさそわんけりゃこんなことにならんかじゃこのだぼが!」他にも汚い言葉をHにぶつけたような気がします。Hは黙って聞いていて僕が1通り言い終えると「実は。」と言い出しました。ここからはHがいったことを簡単にまとめたことを書いていきます。
実はHはあの場所に行くのは2回目だということ。
高校に入る前に地元の先輩に誘われて、社交辞令的な感じでいき、同じように景色が変わり始めたこと。
「篠原」という家に連れて行かれ、同じようにナタを持った女に襲われたこと。
そして先輩の1人が止めようとして腹を切られてしまったこと。
残りの先輩たちと命からがら逃げたこと。
そしてこの肝試しを考えた先輩がこういってきたこと。「あの女からは絶対に生き延びられない。女は自分を知っている奴らの四肢を少しずつあの世界から奪いに来る。そしていつかは手足の無くなった俺の首を落としに来るだろう。」
「ただ、あの女から殺される時間を少しだけ延ばす方法がある。それはあの女の存在を知らない奴にあの女のことを記憶させること。」
「女は自分のことを知っている奴らを無差別に殺して回っている。裏を返せば、あの女の存在を1人でも多くの人間に記憶させれば、自分が四肢をもがれる可能性が少なくなる。」
「俺は前にも同じ目に会ってあの女の存在を知らされてしまった。俺は少しでも死ぬ可能性を低くするため、お前らにあの女を記憶させた。お前らも少しでも生きたかったら、あの女の存在を他の誰かに知らせてくれ。」
そしてその4ヶ月後、Hはバイク事故という形で右足をもがれたこと。
事故にあったときその女が視界の端にみえたこと。
そしてあの女が自分の右足を掴んで笑っていたこと。
そのことに恐怖を覚えたHは仲間である俺たちにもあの女の存在を知らせようと思ったこと。僕はただ唖然としていました。Hは「すまん。」と短くいうと席を立ち静かに去っていきました。外では鶯がないていました。
この話は上でも話したとおり、9年近く前の話です。あのときから僕は今までのことは忘れようと考え、生活してきました。退院してからなんとか学校にはいこうとしたのですが、休みがちになり、結局、中退という形をとりました。
そのあと、通信制の学校に入り直し、弁当屋を手伝いながら、勉強していました。1年前僕は階段から落ち、打ち所が悪かったのか左足を骨折しました。
そして階段から落ちるさなか、階段の上から異常な程に唇をつりあがらせたあの女がいました。入院を余儀なくされた僕は左足にギプスをつけ、通信制の高校の勉強をしていました。
入院してから左足が熱を持ち始めて痛みを持ち始めたため、医師に頼んでギプスを外して診てもらうと僕の左足はすねから下が腐っていました。切断を余儀なくされました。あの女に左足を持っていかれた。そう思いました。そして、Hと同じ考えを持つようになりました。誰かにあの女の存在を教えてやろうと。ここで一番上の「お願い」について話していきたいと思います。
左足と左薬指、中指は僕があの女に「持っていかれた」部位です。やってくださった方はこれで僕がどこを切断したかを確認していただけたと思います。
次に、僕はこの話をできるだけ「細かく」「詳しく」書きました。それは少しでも読者の方々にあのときの描写を想像してもらおうと思ったからです。
つまり、皆さんにもぼくの「あの女についての記憶」を共有してもらい、僕が次に四肢を失う確率を少しでも下げようということです。本当に申し訳ありません。
身の保身のためだけに今回書かせていただきました。しかし、これを書いていて安心している僕もいます。せめてもということで皆さんのところにあの女がくることが無いように祈っています。