「 山 」 一覧
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山の測量
Aと俺は山へ測量に入りました。
山の測量に行く時は、最低3人で行くようにしていたんですけど、行くハズだった奴がインフルエンザで倒れて、他に手の空いてる人も居なかったんで、しょうがなく2人で行くことになったわけです。
でもやっぱり不安だったんで、境界を案内してくれる地元のおっさんに、ついでに測量も手伝ってくれるように頼みました。
おっさんは賃金くれればOKという事で、俺たちは3人で山に入りました。
前日からの雪で山は真っ白でした。
でもポールがよく見えるので、測量は意外にサクサク進みました。
午前中一杯かかって尾根の所まで測ったところで、おっさんの携帯が鳴りました。
おっさんはしばらく話をしていましたが、通話を終えると、急に用事ができたので下りると言い出したのです。
おいおいって思ったんですけど、
「あとは小径に沿って土地の境界やから、そこを測っていけばイイから」
って言われて、小径沿いだったら大丈夫かもな、まぁしゃーないか、みたいなムードで、結局、Aと俺の二人で続きをやることになりました。
ところが、おっさんと別れてすぐ、急に空が曇ってきて天候が怪しくなってきました。
「このまま雪になるとヤバイよな」
なんて言いながら、Aと俺は早く済まそうと思ってペースを上げました。
ところで、俺らの会社では山の測量するのに、ポケットコンパスって呼ばれている器具を使っています。
方位磁石の上に小さな望遠鏡が付いていて、それを向けた方向の方位や高低角が判るようになっています。
軽くて丈夫で扱いが簡単なので、山の測量にはもってこいなんです。
俺はコンパスを水平に据え、ポールを持って立っているAの方に望遠鏡を向けて覗きました。
雪に覆われた地面と、枝葉に雪をかかえた木立が見えますが、ポールもAの姿も見えません。
少し望遠鏡を動かすとロン毛の頭が見えたので、次にポールを探して、目盛りを読むためにピントを合わせました。
「あれ?」
ピントが合うと、俺はおかしなことに気付きました。
俺たちはヘルメットを被って測量をしていたのですが、Aはなぜかメットを脱いでいて、後ろを向いています。
それにAの髪の毛は茶髪だったはずなのに、今見えているのは真っ黒な髪です。
「おかしいな」
望遠鏡から目を上げると、Aがメットを被り、こっちを向いて立っているのが見えました。
が、そのすぐ後ろの木立の隙間に人の姿が見えます。
もう一度望遠鏡を覗いて、少し動かしてみました。
女がいました。
立木に寄りかかるように、後ろ向きで立っています。
白っぽい服を着ていて、黒い髪が肩を覆っていました。
「こんな雪山に・・・なんで女?」
俺はゾッとして、望遠鏡から目を離しました。
「おーい!」
Aが俺の方に声を掛けてきました。
すると、それが合図だったかのように、女は斜面を下って木立の中に消えてしまいました。
「なにやってんスかー。はよして下さいよー」
Aのその声で、俺は我に返りました。
コンパスを読んで野帳に記入した後、俺は小走りでAのそばに行って尋ねました。
「今、お前の後ろに女立っとったぞ、気ぃついてたか?」
「またそんなこと言うて、止めてくださいよー」
笑いながらそんなことを言っていたAも、俺が真剣だとわかると、
「・・・マジっすか?イヤ、全然わかりませんでしたわ」
と、表情が強ばりました。
Aと俺は、あらためて木立の方を探りましたが、木と雪が見えるばかりで女の姿はありません。
「登山してるヤツとちゃうんですか?」
「いや、そんな風には見えんかった・・・」
そこで俺は気付きました。
あの女は、この雪山で一人で荷物も持たず、おまけに半袖の服を着ていたんです。
「それ、ほんまにヤバイじゃないっスか。気狂い女とか・・・」
Aはかなり怯えてました。
俺もビビってしまい、居ても立ってもいられない心持ちでした。
そんなことをしているうちに周囲はだんだん暗くなって、とうとう雪が降ってきました。
「はよ終わらして山下ろ。こらヤバイわ」
俺たちは慌てて測量作業を再開しました。
天候はドンドン悪化して、吹雪のようになってきました。
ポールを持って立っているAの姿も見にくいし、アッという間に降り積もる雪で小径もわかりづらくなってきました。
携帯も圏外になっていました。
俺は焦ってきて、一刻も早く山を下りたい一心でコンパスを据え付けました。
レベルもろくに取らずに、Aの方に望遠鏡を向けようとしてそっちを見ました。
すると、さっきの女がAのすぐ後ろに立っていました。
今度は前を向いているようですが、吹雪のせいで良く見えません。
Aは気付いていないのか、じっと立っていました。
「おーい!」
俺が声をかけてもAは動こうとしません。
すると、女のほうが動くのが見えました。
慌てて望遠鏡をそっちに向けてビビリながら覗くと、女は目を閉じてAの後ろ髪を掴み、後ろから耳元に口を寄せていました。
何事か囁いているような感じです。
Aは逃げようともしないで、じっと俯いていました。
女はそんなAに囁き続けています。
俺は恐ろしくなって、ガクガク震えながらその場に立ち尽くしていました。
やがて女はAの側を離れ、雪の斜面を下り始めました。
すると、Aもその後を追うように、立木の中へ入って行きます。
「おーい!A!何してるんや!戻れー!はよ戻ってこい!」
しかしAはそんな俺の声を無視して、吹雪の中、女の後を追いかけて行きました。
俺は測量の道具を放り出して後を追いました。
Aはヨロヨロと木立の中を進んでいます。
「ヤバイって!マジで遭難するぞ!」
このままでは自分もヤバイ。
本気でそう思いました。
逃げ出したいっていう気持ちが爆発しそうでした。
周囲は吹雪で真っ白です。
それでも、何とかAに近づきました。
「A!A!しっかりせえ!死んでまうぞ!」
すると、Aがこっちを振り向きました。
Aは虚ろな目で、あらぬ方向を見ていました。
そして、全く意味のわからない言葉で叫びました。
「*******!***!」
口が見たこともないくらい思いっきり開いていました。
ホンキで下あごが胸に付くくらい。
舌が垂れ下がり、口の端が裂けて血が出ていました。
あれは完全にアゴが外れていたと思います。
そんな格好で、今度は俺の方に向かってきました。
「・・・****!***!」
それが限界でした。
俺はAも測量の道具も何もかも放り出して、無我夢中で山を下りました。
車の所まで戻ると、携帯の電波が届く所まで走って、会社と警察に電話しました。
やがて捜索隊が山に入り、俺は事情聴取されました。
最初はあの女のことをどう説明したらよいのか悩みましたが、結局見たままのことを話しました。
警察は淡々と調書を取っていました。
ただ、『Aに女が何かを囁いていた』というところは、繰り返し質問されました。
翌々日、遺体が一つ見つかりました。
白い夏服に黒髪。
俺が見たあの女の特徴に一致していました。
俺は警察に呼ばれて、あの時の状況についてまた説明させられました。
その時に警察の人から、その遺体についていろいろと聞かされました。
女の身元はすぐにわかったそうです。
去年の夏に、何十キロも離れた町で行方不明になっていた女の人でした。
ただ、なぜあんな山の中に居たのかはわからない、と言うことでした。
俺はあの時のことはもう忘れたいと思っていたので、そんなことはどうでもエエ、と思って聞いていました。
けれど、一つ気になることがありました。
女の遺体を調べたところ、両眼に酷い損傷があったそうです。
俺は、Aのヤツそんなことをしたのか、と思いましたがどうも違ったみたいで、その傷は随分古いものだったようです。
「目はぜんぜん見えんかったはずや」
警察の人はそう言いました。
結局、Aの行方は今でもわかっていません。
残された家族のことを考えると、Aには生きていて欲しいとは思いますが、あの時のことを思い出すと、正直なところ、もう俺はAに会いたくありません。
ただ、何となく嫌な予感がするので、先週、髪を切って坊主にしました。
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山の祭り
何処かわかってしまいそうなので、方言などは省かせていただきます。
子供の頃の話です。
私が住んでいた山奥の村では、年に一度、奇妙な祭りがありました。
松明を持って、村の大人(男の人達)が山に入っていくだけの祭りです。
この祭りの日は、子供は外に出てはいけないことになっていました。
一度外に出ようとして、すごく怒られたのを覚えています。
ばあちゃん曰く、
「知らんでいい」
だそうです。
私には、B君という幼馴染が居ました。(私をAとしておきます)
B君とは、よく親と一緒に川に行って泳いだり、近所の山にいって野苺とかを食べたりして遊んでいました。
B君はとてもやんちゃな子でした。
いつも危ない所や、行ってはいけないと言われている所に行こうとするので、私はいつも
「あそこは行っちゃダメだって言われてるから、怒られる」
と言って止めていました。
実際、山や川は都会のように整備されておらず、マムシが出てくることも多かったので、大人の言っていたことは正しかったのだと思います。
あそこの山はマムシがよく出る、崖が多い、あそこの川は昔子供が溺れた、流れが速い・・・等々、どれもちゃんとした理由があるものばかりでした。
しかし、一つだけはっきりとした理由を教えてもらえないまま、行ってはいけないとされている場所がありました。
それが祭りのときに大人が入っていく山でした。
あえて理由を探すなら、ばあちゃんの忠告くらいでしょうか。
ある日、B君が綺麗な水晶のたくさん付いた石を見せてくれました。
どこで取ってきたのかと聞くと、
「あの山で採ってきた」
と言い、また明日にでもその場所に行くから、Aちゃん(私)も付いてくるといいよと言ったのです。
大人たちからはハッキリとした理由を聞かされずに行ってはいけないとされている山だったことと、何より綺麗な水晶を羨ましく思った私は、嬉々としてその言葉に頷き、次の日に山へ行くことを約束しました。
翌日、大人たちにバレないように、野苺を食べに行くとかそんな理由で家を出ると、水晶の採れる場所までコソコソと向かいました。
山に入ってからしばらくすると、目的の場所に着きました。
雨で崩れ、山肌が露出した場所です。
私たちは手を傷だらけにしながらも、綺麗な水晶をたくさん見つけていきます。
そして、だんだん何処に大きな水晶があるかわかってきました。
それに従うように、どんどんと場所を移動していると、森の奥に少し開けた場所を見つけました。
ちょうど、お腹のすいていた私は野苺でもあるだろうと、B君を誘ってその場所へと足を向けました。
鬱蒼と茂る森の奥に、それはありました。
少し苔むした祠のような物で、周りに岩を幾つも置いている、そこだけ特別だと一目でわかる場所です。
そして、これがあの祭りに関係している物だということもすぐにわかりました。
「これって祭りの・・・」
「そうだと思う」
何の祭りか聞かされていなかった私達は、その祠に興味津々でした。
「ここって開けられそう」
「開けたら怒られると思う」
そう言って私が止める間も無く
「何が入ってるんだろう?」
そう言って、B君は祠を開けてしまいました。
中には、白や茶色の石のようなものがたくさんありました。
後になって知るのですが、それは子供の歯でした。
「何?これ。気持ち悪い」
「もう帰ろう?怒られるよ・・・」
私が帰りたいと言っても、B君は
「もっと調べるから」
と言って、祠の周りを漁りだしました。
その時、急に寒気を感じました。
肌を刺すような痛みと、呼吸ができない程の息苦しさ。
いつの間にか、周りから聞こえていた蝉の声が聞こえなくなっています。
「・・・ダ・・・オッタ・・・」
そんな声が聞こえたので慌ててB君を見ると、B君は気味の悪い満面の笑みで
「???コノ??????モウ???(憶えてません。何かの唄かも)」
と言うと、森の奥へと走り去っていきました。
途端に怖くなった私は、泣きながら急いで山を駆け下りました。
そして、山から出ると、運良く近所のおっちゃんに見つかりました。
山から出てきた私を見つけるなりオッチャンは
「なんで山に入った!?」
と怒鳴りつけてきました。
「祠でB君がどこか行った」
と、私がしどろもどろ伝えるなり、おっちゃんは真っ青になりながら
「・・・お前はオッチャンと一緒に家に帰ろう。Bはすぐに皆で探す。絶対に一人でいるな。家に帰ってからもだぞ!」
そう言うと、おぶって家に連れて行ってくれました。
家に着くと、オッチャンはすぐにBの家、そして近所へと知らせに行きました。
私はなんとか両親と祖父母に先程の出来事を伝えると、父はすぐに山へと向かい、母は泣き出してしまいました。
「Aは何を見た!?」
とばあちゃんが聞くのですが、私はもう母の動揺ぶりを見て泣き止まない状態。
それを見かねたじいちゃんは、家の奥からペンチを持ってきて、いきなり私の歯を抜きました。
もう私は訳がわからず泣き喚くばかり。
「もうAは大丈夫」
とだけ言い、じいちゃんはそれを持って家の外へ出て行きました。
もう空は赤く染まり始めていましたが、村じゅうの大人達がB君を探しにあの山へ向かいました。
ようやく泣き止んだ私は、ばあちゃんと母にすがるように家の前でB君の帰りを待ちました。
何時間たったかわかりません。
もう日が沈んで随分経った頃、道の奥が騒がしくなりました。
B君が見つかったのです。
それがわかるとすぐ、ばあちゃんと母は嫌がる私を家へと押し込もうとしました。
家に押し込まれる間際、私はB君を見ました。
大人たちに引きずられるB君は、縄で手足を縛られて全身血まみれでした。
しかも、それはB君自身がつけた傷で、B君は自分の体を食べようとしていたのです。
B君の母は泣き喚いて、B君の父は呆けたようにしてB君を見ていました。
B君は手当てをされた後、お寺に連れていかれたそうです。
その後、私は両親と一緒に違う土地へ引っ越しました。
B君がどうなったのか、知りたくないというのが本音です。
もう私は村へ帰ることはできなくなりましたし、あれ以来、山が怖くなってしまいました。
後日談として、つい最近、祭りとあの山について教えてもらえました。
以下、父の話を思い出しながら書きます。
あの山には昔、人食いの化け物(?)がいたそうです。
村にたびたび下りてきては子供を攫っていき、山で食べていたらしいのです。
それをどうにかしたいと思った村人達は、旅の偉いお坊さんに化け物を殺してもらうことにしました。
そしてお坊さんと村人達は、なんとか化け物を殺します。
しかし、お坊さんは
「これはまだ自分が死んだとわかっていない。だから本当の意味で死んでいない。これからもこれを殺していかなくてはならない。それでもし死なないなら、それでも子供を救う手はある」
と、その方法を教えたそうです。
子供を救う手というのは、じいちゃんがやった歯を使うやり方だそうです。
アレは骨や歯を食べなかったそうで、その食べない部分を見せることで、
「お前はもうこの子を食べた」
と思わせていたようです。
普通は、自然に抜けた乳歯をあの祠に持って行くんだそうです。(そういえば、抜けた乳歯はばあちゃんに取り上げられていました)
私はアレに姿を見られていたので、もう一度歯を抜かれ、そしてもう一度見られない為に村を離れることになったというわけです。
そして、あの祭りはアレを殺した時の再現なんだそうです。
しかし、殺すというより封じると言ったほうが良いかもしれません。
B君の件で、若い村人達(といっても全然若くない)もアレの存在が伝承ではないと知ったようです。
なにより、まだ人を食おうとしているのですから。
本当なら、この話は乳歯が全て永久歯に生え替わった時点で聞かされる話だったようです。
知らない方が山に関わるまいとのことらしいですが・・・
私は土地の人間ではないことになっていたので、最近になってやって聞けました。
そして話の中で、父から村の過疎化を聞かされました。
もしかしたら、近い内に廃村になるかもしれない、とも。
もし誰もアレを殺す人が居なくなったら、アレはまた人を食おうとするのでしょうか?
止めてはならない祭りというのもあるのだと、そう思いました。
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山に呼ばれた人の話
熊の湯温泉。
白神山地は熊の湯温泉の主人の話。
ある日の夕方、この熊の湯温泉の主人の元に『山菜採りが滑落遭難した』との一報が入った。
主人が現場に駆けつけると、既に地元警察や救助隊が駆けつけており、サーチライト点灯の準備をしていた。
そしてその横で、まだ五十手前の男が泣きながら
「早く女房を助けて下さい」
と懇願していたという。
その地点は白神ラインの天狗峠と明石大橋の中間地点で、ガードレール下は急峻な崖であった。
生き残った夫の話によると、夫婦で山菜採りに来ていたが、ふと目を離した隙に妻が悲鳴を上げていなくなったのだという。
白神山地はまだ寒く、サーチライト点灯を待つ救助隊員や警察官たちは焚き火にあたって暖を取っていた。
その横で遭難者の夫が
「火なんかに当たってないで早く妻を助けてくださいよ!」
と恨めしそうに懇願していた。
やがてサーチライト点灯の用意が出来て、強い光が谷底に投射された。
少しずつ光の輪を横にずらしながら、遺体の捜索が始まった。
やがて、「あっ」と誰かが叫び、サーチライトの光が止まった。
(なんてこった、まず生きてはいまい)
主人は内心そう思ったという。
ガードレールの下、はるか二百メートルほどの地点、岩が大きく張り出した谷の途中に女性が倒れていた。
救助隊員が拡声器で呼びかけたが、何の反応もなかったという。
絶命している。
主人だけでなく、救助隊の誰もがそう直感したそうだ。
しかし、発見地点は下手すれば二重遭難しかねない急峻な崖である。
主人と救助隊は谷底に降りる方法を相談し始めると、遭難者の夫が半狂乱になりながら救助隊に詰め寄ってきた。
「早く助けて下さい!!女房が呼んでるじゃないですか!!」
もう少し待ってください、慌てると碌なことがない、と救助隊員は必死になって男をなだめたが、男は聞く耳を持たない。
早く助けてくれと、もう少し待ってくれの押し問答が続いた、その時だった。
男が呻くように言ったという。
「あぁ……なんであんたたちには聞こえないんだ!女房が呼んでるのが聞こえないのか!?」
その瞬間だった。
男がバッと走りだしたかと思うと、あろうことかガードレールを飛び越えてしまった。
悲鳴が救助隊員を凍りつかせた。
男の体が岩に激突しながら落下する音が不気味に響いたという。
慌てて救助隊員たちが崖下を見ると、サーチライトの輪の中に、さっきの男が倒れていた。
不思議なことに、男の遺体は妻のすぐ側に倒れていて、まるで『助けに来たぞ』と言っているように見えたという。
「なんてこった……」
主人がそう呟いた時だった。
一台の車が現場にやってきて、三十代になるかならないかという男が駆け下りてきた。
「うちの親が落ちたって聞いたんですが」
遭難者の息子だった。
誰もが絶句し、
「今引き上げるところだから、下は見るな」
と誰かが言った、次の瞬間だった。
「そんなこと言ったって、うちの親父とおふくろが谷底から呼んでるじゃないですか」
救助隊が絶句していると、息子がガードレールに駆け寄ろうとした。
咄嗟に、それを警官の一人が取り押さえた。
「止めろ止めろ止めろ!でないとコイツまで連れてかれるぞ!」
その警官がそう怒鳴った瞬間、その場にいた警官が一斉に息子に跳びかかり、息子を取り押さえた。
「何するんだ!親父とおふくろが呼んでるのが聞こえないのか!?」
息子は半狂乱になってそう怒鳴るが、そんな声など息子以外の誰にも聞こえていなかった。
あまりにも暴れるので、結局、息子は警官に両脇を抱えられ、パトカーの後部座席に連行された。
まるで山岳救助の現場とは思えない、異様な光景であった。
しかし息子は「親父とおふくろが呼んでる」と唸り続けるわ、隙あらばパトカーの外に飛び出そうとするわで、ほとほと手を焼いた。
しかし数時間後、両親の遺体が谷底から引き上げられた途端、まるで憑き物が落ちたようにおとなしくなった。
息子は両親の遺体に縋って号泣していたが、先程までとあまりに違う息子の態度に、誰もが改めてゾッとしたという。
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池へ伸びる紐
20年以上前、小学校低学年の頃の体験談。
両親の田舎が瀬戸内海にある島なんだけど、毎年夏休みになると帰省してた。
東京育ちの自分には、綺麗な海やら山やらで遊ぶのが物凄く楽しかった。
一番楽しみだったのは、東京ではデパートくらいでしかお目にかかれないカブトムシやらクワガタやらを近くの山でザクザク捕まえられる事。
その山には結構大きめの池があって、子供だけで行く事を禁止されてたんだけど、貴重なお盆休みの、しかも早朝から虫取りなんかに付き合ってくれるような大人がいなかったんで、その日も朝4時前から一つ年上の従兄弟と一緒に山に突撃。
暫く二人で夢中になって虫取りしてたら、どこからかシュッシュッて感じの音が聞こえる。
最初はなんか虫とか鳥の声だろと気にしてなかったけど、よく聞いてみると、どうも子供のすすり泣きっぽい。
同じように虫取りにきた子供かな?
まだ薄暗いから転んでケガでもしたのかな?
と思って、従兄弟と一緒に泣き声のする方向に向かっていったら、池の淵で3~4歳くらいの子供がシクシク泣いてる。
周りには誰もいない。
流石にこんな小さい子が一人でいるっておかしいだろ?
と子供心に思ったんだけど、それより妙だったのが、その子の腰の辺りに括られた帯みたいなヒモが池の中にまで延びてる。
そのヒモを目で追ってみると、何かがプカプカ浮いてる。
そこからもヒモが延びてて、少し先に同じように浮いてる物に繋がってる。
そんな感じで、数珠繋ぎに1.5m間隔くらいで合計6個の何だかわからん物が連なって池に浮いてる。
なんだこりゃ?
と思ってたら、それまで弛んでたヒモがピン!と張って、子供が池に引っ張られてく。
あっ!と思ったその瞬間、体が動かなくなった。
視界の端で、従兄弟も同じように固まってるのが分かる。
金縛りとかって概念がなかったから、軽くパニクってた。
やばいやばい、あの子何に引っ張られてんだ?
もしかしてワニ?
ワニって日本にいたっけ?
じゃ妖怪だ!助けて鬼太郎!
そんなアホな事考えてるうちにも子供はどんどん池に向かってるんだけど、その動き方に何か違和感を感じる。
人間が歩くときって当然足が動くはずなのに、その子は一切足を動かしてない。
氷の上を滑るように、ゆっくり池に向かってる。
アホな自分は『やっぱ妖怪パワーで引っ張られてる!』
という結論に達したんだけど、流石に従兄弟は一つ年上だけあって、リアルでこの世の者じゃないと気付いたんだろう。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
と唱え始めてた。
結局、子供が完全に池の中に消えたと同時に体が動くようになり、一目散に山を下りてった。
家に帰って、大人達にさっき見た光景を話したんだけど、興奮してるもんだから要領を得ない。
大人達も、最初はどっかの子供が溺れたんじゃないかと思って慌てて消防団とかに連絡しかけたんだけど、
オレが「妖怪の仕業だ妖怪の仕業だ」って妙な事言うから少し落ち着かせて、オレから細かい話を聞き出した。
そしたら信じられないって顔しながらも、何か思いあたる節があるのか、オレと従兄弟を庭に連れ出して塩を振りかけ始めた。
一応、消防団には連絡して人を見に行かせたらしいけど、特に何もなかったらしい。
結局その後は、大人達にどうだったか聞いても、寝ぼけて夢でも見たんだろってはぐらかされるだけ。
何年も後にようやく聞き出したのは、件の池で何十年も前に、ある一家が入水自殺をしたって事。
時間帯はやっぱり3時~4時位だった事。
(近くの民家の人が、子供の泣き声を聞いたらしい)
その人数が7人だった事。
その際に、全員がヒモで体を繋いでた事。
地元の人達の間では、その池は別名『七人心中の池』って呼ばれてる事。