怖っ!怖っ?怖い話

いろんな怖い話を集めています。

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「 怖いけどちょっといい話 」 一覧

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猫を助けたのは誰?

震災での被害はほとんどなかったものの、津波で水をかぶった地域。

地震発生後、町内で一番高い所にある神社に避難していく途中、見慣れない女の子が、前から町内をうろついていた猫を数匹抱えて走るのを複数の人が目撃している。

小学校低学年くらいの女の子で、黒か紺のジャージの上下着用。

ほとんどの目撃者は走って追い越されたそうだ。

当時は不思議に思わなかったが、死に物狂いで走る壮年の男性などを、腕いっぱいに動物を抱えた小学校低学年の女の子が追い抜けるものだろうか?

しかも、うちの町内は南と西が海に面しており、北は山で、東は車で30分ほど行くと隣町というどんづまりの田舎町なもので、基本的に『知らない子供』がいることがまずない。

町内で直接の死人は出なかったが、海に近い通りなどは軒並み半壊。

しかし、浜の近くに住んでいた野良猫の多くは無事だった模様。

あの女の子は神社の神様かな?

それともその手前に祭ってあるお地蔵さんかな?

と地元で語られている。

【でじほん!】

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男には怖い話

3年間、必死で信じて来たけど、連絡を絶ってフェードアウトしようとした彼が許せなかった。

お決まりの奥さんとは別れるという言葉を信じてきた。

はっきり別れると言ってほしいと何度もメールした。

今までは私が折れて、彼が「やっぱり別れられない。君が必要だ。」と言って戻ってくる彼を受け入れていた。

今回は彼の住所を調べて家に行って来た。

現実を見て思い切り失望してこのまま消えようと思った。

庭に出ていた彼は私を見つけてこそこそ隠れた。

そこで心を決めた。

インターホンをならして、彼と彼の奥さんと話をした。

彼の子供達も在宅していたから察したと思う。

彼が私に言った事、した事、すべてを奥さんのいる前で話した。

奥さんは泣いていた。

奥さんには罪はないけれど、彼が連絡を絶つ事でなにも言わずに逃げようとした事が許せなかった。

今後、彼は多大なる後悔をすると思う。

彼の家を後にした私が思った事は「すっきりした!」でした。

初めて人を故意に傷つけたのに、私に罪悪感はまったく湧いて来ない。

不思議なくらい罪悪感がない。

只、只、もう連絡を待ちこがれなくてもいい事、不安になって泣かなくてもいい事、辛かった思い、すべてをもうしなくていい事が私を嬉しい気持ちにさせています。

自分勝手だけれど、とにかくすっきりした!

3年ぶりにぐっすり安心して眠れそうです。

自分で終わらせたら、きっとびっくりするぐらいすっきりすると思います。

あの人と一緒にいたら、ずっと不安がつきまとうはず。

たとえ結ばれたとしても。

今は、あんな人と家族でいなければならない奥さんが可哀想だな。

でも仕方ないよね、結婚しちゃってるんだもんね。

とにかく、とにかくすっきりした!

自分で決断して不倫止めるとすっきりするよ!

捨てられる前に捨てて良かった!

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廃虚の神社

これは五年程前からの話です。

当時、私は浮浪者でした。

東京の中央公園で縄張り争いに敗れて危うく殺されかけ、追放されたあと各地を転々とし、最後に近畿地方の、とある山中の神社の廃墟に住まうようになりました。

ふもとに下りては、何でも屋と称して里の人の手伝いをし、手間賃を頂いて食いつなぐ身の上でした。

その生活の中で一番恐ろしかったのは、人間です。

「何でも屋です。何が御用はございませんか」

と言っただけで、いきなり猟銃を向けられた事も御座います。

「一度弾を込めたまま、人間に向けてみたかったんだ。ほらよ」

と、口止め料まがいの大金(恐怖に慄いた代金は一万円でした)を渡されましたね。

付近を走る暴走族に、

「お前に人権はねえ」

と追い回され、棒切れで叩かれた挙句、足が折れたこともございます。

その時は、よく手伝いに行くかわりに野菜を分けて頂いてた農家の方が様子を見に来てくださり、あやうく歩けずに餓死するところを救われ、病院にかかる代金までもって頂きました。

その農家の方からは、さまざまな恩を受けました。

「手に職はあったほうがいい。うちじゃ雇ってやれないから、せめて作物を育ててみて」

そのように仰り、色々な苗や種を分けて頂きました。

荒れた境内の砂利を少しよけて、硬い土を耕し、近くの川からへたくそな水路をひいて引き入れ、ちょっとした農園を造るに至りました。

ある時、何度かに分けて訪れた茶髪の廃墟探検の人たちに、この農園は大量の除草剤を撒かれて全滅させられました。

私はこういう団体が来る度、暴走族の一件を思い出して隠れるようにしていたのですが、このときほど角材でも持って殺してやりたいと思った事は御座いません。

そこでの生活は、どなたかから恩を受け、それをどなたかに奪われることの繰り返しでした。

こうした生活をしていると、不思議と心が澄んできます。

所詮人間は悪徳の持ち主ばかりだ、と悟るのです。

そして、徳の高く優しい人たちにあこがれるようになります。

そういう風になってくると、別に幽霊を見ても必要以上に恐くはなくなります。

実はこの神社、社務所にほんとに幽霊が出たんです。

髪がぼさぼさで、白着物に朱袴の女性でした。

生活し始めの頃に気づき、以来おびえて社務所には近づかず、物置小屋で暮らしておりました。

しかし、悟ってしまった頃から頻繁に社務所に出入りするようになり、大工の親方とも知り合い、古くなった工具を分けてもらった四年前、仕事を覚えてみるついでに社務所の修理を始めました。

『出て行けっ!たたり殺すぞ』って具合に睨まれましたよ。

何度かちびりました。

でもね、修理をして雑巾がけをしてとしていくうちに、だんだん付き合い方を覚えました。

まず、必要以上にうるさくしない。

次に神さんじゃなくて、その人に挨拶をしてから入り、出るときも挨拶して出る。

社務所が綺麗になる頃には、幽霊のお嬢さん、出てきても穏やかな表情をするようになりました。

たまに、さらさら音が聞こえたような聞こえてないような時は、決まって髪を櫛擦ってる。

そして二年前。

前に私の足を折った暴走族が、また境内へとあがってきましてね。

私、逃げ切れずに捕まって袋叩きにされました。

頭も殴られて、ぐわんぐわんいってましてね。

足なんか痙攣してて、立ち上がって逃げようにもすぐ転ぶ。

深夜の話なんで、昼間よりもっと助けも望めず。

こりゃあ巫女さんのお仲間になるなと思いました。

若者達はへらへらと笑っているし、私がもう命の限界に近いなんて理解もしてないようでした。

すると驚いた事に、境内をかけあがってくる足音がするじゃないですか。

暴走族たちも、私を殺そうとする手を休めてそちらを見ました。

すると、ふもとの危ない猟銃持ちのおじさんがやってきて、いきなり銃を暴走族達に向けるじゃありませんか。

しかも発砲したんですよ。

わざと外したようですがね。

暴走族が慌てて逃げ出したのをみて、私、意識失いました。

病院で目を覚ました後、見舞いにやってきたおじさん。

聞けば、巫女の幽霊に夢の中で脅かされ、飛び起きたら目の前に血走った目をした巫女の幽霊がいた、なんて肝の縮まる思いをしたそうで。

幽霊撃つためにとった銃も、銃床で殴りつけても、そりゃ素通りだったそうですよ。

あまりの恐さに逃げ出したら、追っかけられて神社まで追い立てられたと。

だから私ね、

「実は、あの廃墟にゃ巫女の幽霊が出るんだよ」

って切り出して、社務所の修理と、巫女の幽霊が恐くなくなったとこまで話してやったんです。

そしたらおじさん、

「そりゃあんた、幽霊と内縁の夫婦になってるよ」

と真顔で。

退院して真っ先にお礼しましたよ。

以来、ちょっと生活苦しくても巫女さんの為に一膳のご飯用意してね。

嫁の飯も用意できないんじゃ男廃りますし。

多分あれはただの夢ですが、巫女さんと何度も一晩中貪りあった。

祝言もあげましたよ。

神主もいない神社ですが、まあ神前結婚の気分でね。

そして一年前。

この神社の廃墟を含む山の所有者って方がやってらっしゃいましてね。

元々は、この神社の神主の一族だって話してらっしゃいました。

この神社、別に霊験あらたかでもないし、歴史的に由緒あるわけでもなし、終戦後の神道の混乱期に神主不在となって以来、荒れ放題だったとか。

ところが、みすぼらしいのは同じでも、神社がすっかり生気溢れてることに感激したって泣き出しましてね。

私に神社のある山と、ふもとの農地ををくださったんです。

どうせ二束三文の土地なら、活用してくれる人に持っててほしいってね。

農地は、よくしてくれた農家の方に安く貸し出し、私は今東京に出稼ぎにでてます。

なかなか家には戻れんので嫁が夢に出てくることが多いですが、いつかこっちもくたばって、その後ずっと一緒にいれるんだから我慢してもらわないと。

今は金を貯めて、私らが死後暮らすあの神社をもっとちゃんと修繕し、もう一度ちゃんと神社として神主を迎えられる状態にしないといけない。

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最終兵器

大学時代に凄い人がいた。

仮にOさんとしておくが、Oさん自身は小柄で線の細い普通の女性なのだ。

だが、彼女の陰のあだ名は『最終兵器』

その由来には、幾つかのエピソードがある。

Oさんは高校時代にコンビニでバイトをしていた。

そのコンビニは『幽霊が出る』と噂され、多数の目撃情報もあり、夜間はまったく来客がなかった。

だが、Oさんがバイトに入った途端、幽霊が一切現れなくなった。

その功績(?)からか、Oさんは他のバイトよりも多めに給料をもらっていた。

Oさんの友人が肝試しから帰ってから、度々自室で男の幽霊を見るようになり、Oさんに泣き付いた。

Oさんが友人の部屋に一泊すると、幽霊が現れなくなった。

不動産会社を経営する叔父に頼まれて、マンションの一室で一晩過ごしたOさん。

翌日、叔父から謝礼として大金を渡されて、自分がいた部屋が自殺者が出た部屋だと知らされた。

旅行先で立ち寄ったお寺の住職が、Oさんを見るなり、

「あんたには龍神さんが加護としてついとる!」

と言われて、拝まれたという。

オカルト絡みのトラブルの最終兵器Oさん。

だが、彼女はその力を特に利用することもなく、現在は旅行会社のOLとして普通に働いている。

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祭り

怖くは無いと思いますが、不思議だった話をしたいと思います。

小学校に上がった私は、見えない者を見ては泣き、逃げ回っていた頃です。

祭りがあるからと、親と一緒に縁日に出かけました。

その縁日は田舎なので広くもなく、出店が10店舗程しかないものでした。

出店にワクワクしていた私は、親と手を繋ぎつつキョロキョロと辺りを見回していました。

ふと、手を振っているお婆さんがいました。

目線はこっちを向いてニコニコ笑っています。

でも、誰もそのお婆さんの側に行く人も手を振り返す人もいません。

田舎なので人がまばらなんです。

そのまま親に手を引かれ、そのお婆さんが見えなくなってしまいました。

ある程度出店を覗き、食べ物やオモチャを買い、その場で食べられる場所に座り花火を待っていました。

『ねぇ…』

と声を掛けられ振り返ると、先程のお婆さんがそこにいたのです。

真っ白い着物を着て、座っている私に目線を合わせる様にしゃがんでいました。

表情は変わらずニコニコしています。

知らない人に話かけられた!!っと恐くなりましたが、親がすぐ横の席にいるのでそのままお婆さんの方を見ていました。

すると、

『ねぇ、何歳になったの?』

と、唐突に聞いてきました。

私は、8歳だよと言うと、

『そうかぁ~…もうそんなおっきくなったんだ。小百合(仮名)おばさんもそりゃ年取るわなぁ。』

と言われ、

「小百合おばさんって言うの?」

と何気なく聞くと、

『そうだょぉ~ちっちゃい時に抱っこしてあげたべさ。赤ん坊だったから覚えてないかなぁ?』

変わらずニコニコしながら話しています。

そんな名前、知らないので横にいた母に、

「小百合おばさんいるよ。」

と言った所、母はえっ!?と一言。

ここに…と振り返るともうそこには誰もいませんでした。

母の話では、私が産まれてすぐに癌で亡くなった小百合おばさんという方がいて、毎日私の話を聞いていたそうです。

自分の子のように心配して、一度だけ母が私を抱いて見せに行ったらニコニコ笑って私を抱いていたそうです。

私は全く覚えておらず、小百合おばさんの存在自体知りませんでした。

母は、

「気になってしかなかったんだね。」

と言っていました。

それから小百合おばさんは見ていません。