怖っ!怖っ?怖い話

いろんな怖い話を集めています。

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「 幽霊 」 一覧

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私の足を返して

私の足を返して 

当時、独身サラリーマンだった僕は、道路に面した小さな一戸建ての住宅に住んでいました。
玄関のドアを開けるとほとんど目の前が道路という、敷地面積ぎりぎりに建てたのだと一見して分かるような家でした。
しかし、家賃の安い割には交通の便がよい場所にあり、安月給の僕には、そう悪くもない条件だったのです。

ある日、数日間の出張から帰ってみると、僕の家の前の道路に、脇にある電信柱から玄関にかけて、大きく黒っぽいシミのようなものがついていました。

『誰かが何かをこぼしたんだろう』ぐらいに思った僕は、深く考えることもなく、家に入りました。
その夜の事です。

『ドンドンドンドン!ドンドンドン!!』

という物音で僕は目が覚めました。
時計を見ると午前三時です。
いったいなんだろう、と不審に思いながら、僕は玄関に出てみました。
すると、安普請の薄いドアが揺れるような勢いで、何者かが外側からドアを叩いているようです。

「・・・・・何の用ですか?」

僕は玄関の明かりをつけると、ドアの前に立って、向こう側に呼びかけました。
しかし、その何者かは僕の声が聞こえなかったのか、返事もせず、いっそう激しくドアを叩きつづけるのです。
ほうっておけば、ドアを破られそうな勢いでした。

ドアの覗き窓から見ると、ドアの前にいるのは若い女のようでした。
一瞬、子供かと思ったほど背が低く、上のほうにある覗き窓からは頭のてっぺんしか見えません。
女は僕が覗いている気配に気づいたらしく、叩くのをやめ、上を向いて覗き窓のほうへ、ぐっと顔を寄せてきました。
血の気の引いたように白い顔がいきなりレンズいっぱいに広がり、僕は驚いて後退りました。

「こんな時間にすみませんけど、お願いですから・・助けてください」

切羽詰った声が聞こえてきました。
何やら、ただならぬ様子です。
僕はチェーンをかけたまま、細くドアを開けました。
細く開いたドアの隙間から、若い女の顔が見えました。
そのロングヘアの頭は僕の胸のあたりまでしかありませんでした。
息を切らし、引きつったような表情で、上目遣いに僕を見ています。

「いったいどうしたんですか?」

と、僕が聞くと、若い女は

「大切なものを、この家の前でなくしてしまって、でも、暗くて、いくら探しても見つからないんです。一緒に探してください。お願いします・・・・・」

隙間からじっと僕を見ている女の目は異様なまでに見開かれ、充血していました。

「いったい、何を探しているんですか?」

「あたしの、足を・・・・・・」

「足・・・?」

反射的に僕は女の足もとに目をやりました。

すると、女の膝から下はぶっつりと千切れていて。
その端はぐしゃぐしゃに潰れ、皮膚のはがれた赤黒い筋肉の下からは、血にまみれた骨のようなものが覗いています。
もちろん、コンクリートのたたきには大きな血溜まりができ、そうしているあいだにも、赤黒いシミがジワジワと、玄関の内側、僕の足元のほうへ向けて広がっていたのです。

僕が悲鳴をあげると、女は急に、激しくドアを外側から引きました。

しかし、ガツンとという音とともに、かけてあったチェーンが引っかかりました。
それに気づいた女は、隙間から手を差し入れ、チェーンを外そうとします。
僕は死に物狂いでドアを閉めようとしました。
しかし女の手が、がっちりと挟まっていて、閉めることができません。
女は両手をドアにかけながら、隙間に物凄い形相をした顔を押し付け。金切り声をあげて絶叫し始めました。

「あたしの足を返して!あたしの足を返してぇぇっ!!」

僕はなんとかしてドアにかかった女の指を引きはがそうとしましたが、女も恐ろしい力でドアをつかみ、離れようとはしません。
薄いドアが壊れてしまうのではないかというような必死の攻防の結果、僕はなんとか女の手を押しやり、無理やりにドアを閉めました。
それでもしばらくのあいだ、女はドアを叩きながら叫び続けていました。
僕は恐怖のあまり、声が聞こえなくなったあとも、背中でしっかりとドアを押さえて立ちすくんでいました。

やがて夜が明け、新聞配達の物音が聞こえるころになって、初めて、僕はチェーンをかけたまま、恐る恐るドアを開けて外を見ました。

すると、女が立っていたあたりのコンクリートには、べったりと赤黒いシミが残っていて、昨夜の出来事が夢でなかったことを、僕は改めて思い知らされたのです。

後日、近所の商店で聞いた話ですが、ちょうど僕が出張に出ているあいだに、僕の家の真正面の路上で交通事故があり、若い女がトラックの車体と電信柱のあいだに挟まれ、膝から下を切断されたのだということでした。
引きちぎられた脚はズタズタになり、それは無残な状態だったそうです。
彼女は運ばれた病院で亡くなったそうです。

あの出来事以来、僕は悪夢にうなされることが多くなり、しばらくして、その家を引っ越しました。

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ちーちゃんのマリ

ちーちゃんのマリ  

少し長いですが、お付き合い下さい。

今から20数年前の話です。場所は東京都下H市。
当時、私は中学1年、大きな幹線道路から少し入った所に住んでました。
家の前には幅4~5mの小さな道路。
舗装こそされてはいましたが、車も滅多に通らない文字通りの静かな住宅街でした。

家の前、通りを挟んで向かい側のアパートが在り、そこに千里ちゃんという4つか5つ位の女の子がいたんです。
千里ちゃんは、とても色の白い黒眼瞳のぱっちりした可愛い子で、皆に「ちーちゃん」と呼ばれていてました。
詳しい事情は知らないのですが、ちーちゃんの家は母子家庭で、お母さんは幹線道路沿いのヤマ○キパンの工場で働いていました。

近所に同年代の子供が居なかったのか、ちーちゃんはよく独りで遊んでいました。
縄跳びしたり、蝋石でアスファルトに絵を描いたり。
マリ撞きの上手な子で、ピンク色のゴムマリを撞く音がリズム良く、ポンッ!ポンッ!って延々、聞こえ続けるなんて事もありました。

兄弟の居なかった私は、そんなちーちゃんを妹の様に思い、たまに遊び相手をしてあげたりしてました。
と言っても中学生と幼児ですから、一緒に絵を描いたり、駄菓子屋さんでアイスを買ってあげたりするくらいでしたけどね。
断っておきますが、私は炉梨趣味は有りません。

むしろ、ちーちゃんのお母さん、今思えば、20代後半くらいでとても綺麗な人でした。
長い黒髪を無造作に後ろで束ねて、 化粧ッ気も無く、清楚な優しい感じの女性。
年上の女性に憧れがちな年頃の私は、「いつも遊んでもらって、すみません。」と笑顔で言われるのが嬉しかった訳です。
ちーちゃんも私の事を「お兄ちゃん」と呼んで懐いてくれていました。
通りに面した私の部屋で暇そうに、ちーちゃんの様子を眺めていたりしていると「お兄ちゃ~ん、遊ぼぅ~!」って・・・。

あの日は、ちょうど今と同じ位の季節。夏休みに入って間もなくの、とても暑い日でした。
私は朝から宿題をするつもりで机に座っていたのですが、あの頃は各家庭にエアコンなど望むべくも無く、
暑さにグゥ~ッタリしていると、いつもの様に「お兄ちゃ~ん、遊ぼぅ~!」と、赤いリボンの麦藁帽子を被ったちーちゃん。

宿題は午後から図書館でも行けば良いやって事で相手をしてあげる事にしました。
お絵描きやら、マリ撞きやら、ひとしきり遊んで、ふと時計を見ると12時半を過ぎていました。
いつもなら、ちーちゃんのお母さんは、お昼前には一旦帰って来て、ちーちゃんと一緒にお昼ご飯を食べて、また午後の仕事に戻るはずでした。
私もお腹が空いてきましたし、そういえば昨日父親が珍しくパチンコで勝ったとかで持って帰ったチョコレートとかのお菓子が有ったなと思い、
ちーちゃんに「ちょっと待っててね。」と言い、家に取りに入った時です。

「千里~!遅くなってゴメンねぇ~」
通りの向こうに、お母さんの白いワンピース姿が見えました。
「アッ、お母さんだ!!」
ちーちゃんは言うが早いか飛び出して・・・。

キキキキキィィィィーーーーーーーーーッ!! ガンッ!
その日、幹線道路で工事をしていたため、渋滞を嫌って裏道を抜けようとしたトラックでした。

キャァァァーーーーーーー、千里、千里ぉーーっ!
私は靴も履かずに表へ出て駆け寄りました。
トラックの二つの後輪に頭を突っ込むように倒れているちーちゃんが居ました。

小さな手足が、時々ピクッピクッっと痙攣するように動き、タイヤの下には赤黒いシミが広がって行きました。
お母さんは、私に気付くと両肩にしがみつき
「なんとかしてぇ~~っ!なんとかしてくださぁ~いぃ!!」
揺すりながら泣き叫びました。

その時のお母さんの顔は一生忘れないでしょう。
いつも微笑みを湛えた優しい顔は夜叉の様になっていました。
お母さんは、呆然と立ちつくす私から手を放すと、倒れたままのちーちゃんを抱き締め、車の下から引っ張りだそうとしました。

お通夜、お葬式、両方とも参列しました。
お母さんは一気に20歳くらい歳をとったかのように老け込み、お悔やみの言葉にもウツロな眼で力無く頷くだけでした。
あの日、いつもの時間にお母さんが帰って来ていたら・・・。
あの日、幹線道路が道路工事なんかしていなければ・・・。
あの日、私の家側でなくアパート側で遊んでいれば・・・。
いくら悔やんだって、ちーちゃんは帰っては来ません。

それから、しばらくたった蒸し暑い夜の事です。
寝苦しさに目を覚ました、その時です。
身体が動かせない事に気付きました。『ああ、これが金縛りか。』そんな事を考えていると
網戸だけ閉めた窓の外でマリを撞いているような音が・・・。

ポンッ!・・・ポンッ!・ポンッ!・・ポンッ!・・・ポンッ!・・・

『何か変だな?』妙な違和感を感じていました。
そのうち、音が移動した様に感じました。
今度は明らかに部屋の中で聞こえています。
ベッドでなく畳の上に布団を敷いて寝ていたのですが、その足下辺りから聞こえてきます。

ポンッ!・ポンッ!・・・・ポンッ!・ポンッ!・・・ポンッ!・・・

不思議と怖さは感じませんでした。
『ちーちゃんがお別れを言いに来たんだな。』
そんな風に思ったんです。
その時、ずっと感じてた妙な違和感の正体が解りました。
マリの弾む音がリズミカルじゃないんです。
あんなに上手だったのに・・・。

ポンッ!・ポンッ!・・ポンッ!・・ポンッ!・・コロッ・・コロコロコロ・・

失敗しちゃったみたいです。
足下で撞いていたマリが顔の横まで転がってくるのが解りました。
取ってあげようとしたのですが相変わらず金縛りで動けません。
その時、転がってきたモノが・・・。

「お兄ちゃ~ん、遊ぼぅ~!」って・・・。

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なんで戻ってきた

なんで戻ってきた

引越しの終わったその日、僕は初めての一人暮らしに浮かれていた。
地方から大学通いのため都会に出てきて、そりゃあ不安はある。
でも、それ以上の高揚感が僕を包んでいた。

6畳1間の古ぼけたアパート、とても城だと思えるような間取りではないけど、
それでもここから何かが始まるような予感がしていたんだ。

その日、なかなか寝付けなかった僕は、午前2時ごろ歯を磨いていた。
そのとき、ふとガラスを横切る影。
後ろを振り向いても、何もそこにはない。洗面所から出て、狭い部屋を見回しても、何もない。

きっと、今日は疲れているんだなと思い、洗面所に戻った。
すると後ろから『クスクス……』という女の子の笑い声。

今度は、気のせいじゃない。
背中に走る悪寒。気温が急激に下がったような感覚。

僕は歯磨きも途中のまま洗面所を出ると、布団に包まり、顔だけを出して
きょろきょろとあたりに様子を伺っていた。

『クスクス……』

声は、部屋のどこから聞こえてくるのかわからない。
ぼんやりと薄暗い部屋の隅?さっきいた洗面所からだろうか?
それともすぐ近く……?そう、僕の後ろから……

「バーカ」

左の耳たぶの裏から、吐息まで感じられるような声を聞き、僕は気を失った。

とんでもないところに越してきてしまった。
僕は次の日、焦って引越しを考えたが、ただでさえ格安物件を中心に選択した財政状況ではそうもいかない。故郷の両親にいきなり心配をかけるのもためらわれた。

第一、僕はその姿を見ているわけではない。
血みどろの実像を見てしまったりしていたら冷静ではいられないが、
今の所脅かしてくるくらいじゃないか。

部屋に戻ってきた僕は、恐る恐る部屋の様子を伺った。
真昼間から現れるようならお手上げだけど、それはなかった。
でも、夜、布団に入った途端にそれはまたやってきた。

『なんで戻ってきた』頭に響いてくるあの声。
ふっと壁かけ時計に眼をやると、2時。
僕はまた布団に身をくるむと、うろ覚えの念仏を唱えた。

『そんなもん効くか、アホ』
声は幼く、冷たく、そして絶望的だった。

「たのむよ、僕は邪魔したりしないから。ただちょっと卒業まで住まわせてくれるだけでいいんだ」

家賃を払っているのは僕だなんてことは考えなかった。
僕は、家庭がそんなに裕福じゃないこと、こっちにはまだ友達もいなくて、頼れる人もいないこと、そんなことを念仏代わりに訴えかけていた。

『……ふん、まあ退屈だったし、オモチャができたと思えばいいか……』

彼女はそんな風につぶやくと、ふっと気配を和らげた。

「いいの!?」

僕はかぶっていた布団を剥ぎ取ると、どこに向かうでもなく話しかけた。
返ってきた答えは『うるさい』だった

僕は果たしてオモチャだった。期末のレポート提出に四苦八苦していると

『普段からやってないから今苦しむんだな、アホだ』
『今はじめて参考書を見ているのか、もう終わりだな』
『こんな子供に期待している親が不憫だ、荷物まとめろ』

そんなことを言って、僕をどこまでも追い詰める。
でも、最初感じたような圧迫感はない。僕は相変わらず友達は少なかったし、
バイトで遅くなることが多かったから、彼女がでる時間に起きていることも多かった。

僕は、奇妙なことに彼女によって救われている気がしてきていた。

……相変わらず、姿は見えないけれど。

そんな生活が続くうちに、僕にもそれなりに交友関係ができた。
が怒るかな、とも思ったが、自分の部屋に友達を招いて飲み会をした。
その夜は僕一人になっても彼女はでてこなかった。

いまさらながらに薄気味悪いと思いつつも布団をかぶろうとしたら、テレビの上においていた目覚まし時計が落ちてきて、したたかに頭に命中した。

「な、なにすんだよ」僕はさすがに怒って彼女に呼びかけた

『……あの女は誰だ』

予想外の質問だった、まさか、吉野さんが気に障ったのだろうか?
「サ、サークルの先輩だよ、もしかして彼女が嫌なのか?祓われちゃいそうな霊感があるとか?」

『ふうん、で、お前はあの女のなんだ』

わけがわからない。

「別になんでもない、単なる先輩だよ」
『……どうだか、とりあえず、あの女はもう呼ぶな、次に来たらあの女も巻き添えにする』
「わ、わかったよ」

それきり、その夜彼女は出て来なかった

どうにかなるもんだな、と思っていた。
あれから4年、そんな生活にも終わりが近づいていた。
なんとか卒論を書き終え、後は卒業を待つばかり。

4年間、なんだかんだでいつも近くにいてくれた彼女にもお礼を言おうと思ったのだが、
最近彼女は呼びかけても出てきてくれない。
寝ていると近くに気配を感じることはあったが、呼びかけようとすると気配を消した。

そしてついに引越しの日が来た。地元に戻って家業を継ぐつもりだった僕は就職活動もせず、都会での生活にゆっくりと別れを告げていった。ただ、気になるのは彼女だ。
もう、数ヶ月も現れていない。
厄介払いができてせいせいしているかな、と思うと少しさびしくなった。

空っぽになった部屋に入ると、やっぱり何の気配も感じられなかった。
僕はその部屋にペコリと頭を下げると、ドアを閉めた。

……なんだろう。
後ろから見られているような気配を感じ、後ろを振り返った。
僕の住んでいたアパートが何とか見えるくらいの距離。
僕の住んでいた部屋の窓、そこには確かに誰かがいた。

僕が振り返ると同時に後ろを向き、一瞬、その長い黒髪だけがたなびいた
それきり、窓には何も映らなかった

『何で戻ってきた』

懐かしいフレーズだった。
僕は親に頭を下げ、もう一度ここに戻ってきていた。
あれから数ヶ月、こっちでの就職を決め、またここを下宿先に選んだ。
その間、この部屋は埋まらなかった。まあ、やっぱり何かいわくつきなんだろう。

僕はその声には答えなかった。『お前が寂しくしているような気がして』
なんていったら怒られるのがわかっていたからだ。
『……物好きな奴』
とだけ言うと、彼女はふいっと気配を消した。

その夜、寝付いた頃。
僕は首にかかる圧迫感で、ふと眼を覚ました。眼を開けるでもない、そんなまどろみの中。

「……もう、さびしいのは……」
「……それならいっそ、こっちに……」

彼女の発する言葉に、なぜか恐怖は感じなかった。
僕はもしかしたら、ずっと彼女に取り憑かれていたのかもしれない。

首にかかる力は、もとより強くはなかったが、それがさらに弱まる。
「…………でも、できない…………」
僕の頬に、何か冷たいものが落ちる。

僕は、それでも眼を開けなかった。それが、今までの僕らのルールだったから。
かわりに、僕はそっと手を伸ばす。そこにいるであろう彼女に。
冷たい、でもどこか暖かいような、すべすべとした頬。彼女の手がそこに添えられた。

そして僕は「ただいま」と言った。

彼女の頬は一瞬で温かくなり、途端に手を振り払われた。

そして彼女の答えは

『気安く触るな、ばか』だった

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消えた女性客

消えた女性客 

深夜人気の無い郊外で、一人の若い女が手を上げた。
タクシー運転手は直ぐさま女性を乗せ行き先を聞くと女性はうつむいたまま
「真っ直ぐ進んで下さい・・・・」
とだけ暗く小さな声で言う。

女性は乗車後もずっとうつむいたままである。
重苦しい空気を払拭しようと運転手は女性に色々と話し掛けるが返事はそっけなく「ハイ・・・」だけである。
女性の言うままに車を走らせると家に到着した。

すると女性はどうやら財布忘れたらしく支払いが出来ない。
すると「お金を家に取りに行きますのでこのバックを置いていきます・・・」
お金を払わずに逃げるような人間ではなさそうなので、「分かりました」と運転手は了解した。

しかし、女性は戻って来ない。
しびれを切らした運転手は女性宅にバックを持って伺うと両親と思しき中年夫婦が出てきた。
事情を話しバックを見せると夫婦は泣き崩れた。

「娘は先日亡くなったのですがそのバックは生前使用していたものです。」
死んだ娘の霊がタクシーに乗って帰宅したというのだ。
「運賃はおいくらだったでしょうか?」
と両親が言ったが、運転手は御代は受け取らず、娘さんに手を合わせて家を後にした。

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こっちにおいでよぉぉ…

こっちにおいでよぉぉ…

僕は子供の頃、東京の外れに住んでいました。

森林に覆われた丘陸地帯に囲まれた、都内とは名ばかりの外れた町でした。
遊戯施設などはほとんどないような場所でしたが、町外れに町営の小さなスケート場がありました。
夏場はプールとして利用されるところを、冬にはコンクリートの底に浅く水を張り、スケート場として開放していたのです。

当時、小学生だった僕は、テレビで見たフィギュアスケートにすっかり夢中になっていて、その年の冬休みには、連日、夕方五時の閉場まで、その小さなスケート場に通いつめていました。
僕が奇妙な体験をしたあの日も、いつもと同じように、僕はスケート靴を抱えてリンクへ向いました。

子供に特有のあの熱心さで練習を続け、気づいた時には五時を知らせる町役場のチャイムがあたりに鳴り響いていました。
山あいの町では平地よりもずっと早く日が沈みます。
冬のことでもあり、すでにあたりはすっかり夕闇の中に沈んで薄暗くなっていました。
足を止め、あたりを見まわすとリンクの上にいるのは僕一人でした。
まわりにある休憩用のベンチにも人影は全くありませんでした。
それに気づいた時、僕はなんとも言えないいやな気分に襲われたのです。

そこはもともと利用者が少ない場所であったし、ましてや、ナイター設備もない野外で、陽も落ちて冷たい夜風が吹き始めるまでスケートに没頭するような物好きはほとんどいませんでした。
閉場のころに僕ひとりだけが残っているようなことは、決して珍しいことではなかったのです。
なのに、その時だけはひとりっきりで冷え冷えとした空気に晒されながら薄暗いリンクの氷の上に立ってることが、やけに不安なものに思えたのです。
昼間のうちは表面が溶けてシャーベット状になっていたリンクも再び凍りつきはじめています。
その鋭く光を反射する表面に、一瞬何か人影のようなものが映った気がして僕は慌てて振り向きました。
しかし、当然そこには誰もいません。

どうにも心細くなり、いつもなら管理人が追い出しにくるまで粘るところを、途中で切り上げて、僕はいそいでリンクの出口を目指して滑っていこうとしました。
その時です。
どこかで小さな音がしました。

それは、小さくひそめた人の囁き声のように聞こえました。
僕はゾッとして反射的に逃げ出しそうになりました。

しかし音の原因が分からないままでいることは余計にいやな気がして、怖いのをこらえてリンクの中央へ振り向き、あたりを見渡しました。
それでもやはり、リンクの上には何も見当たらないのです。

<なんだ。きっと町の物音が風に流されてここまで聞こえてきたんだ>

子供ながらに、僕は理屈の通る答えを自分で思いつき、それに励まされるように管理人が来るまでのあいだ、もう一周だけリンクをぐるっと滑ってみることにしました。
その途中、ちょうどリンクの中央あたりでなにかがクッと、エッジに引っかかったのです。
僕はエッジを立ててその場に止まったのと同時に、ふたたび声が聞こえてくるではありませんか。
今度ははっきりと人の声、しかも僕の名前を呼ぶ声でした。

僕は一瞬にして恐怖のあまり凍りつきました。
そのあいだにも、声は僕の名前を何度も呼び続けています。
そして、どうやらその声は、すぐ近く、僕の足元のあたりから聞こえてくるようなのです。
僕は怖さで動きもままならない首を無理矢理ねじるようにして足元の氷の上へ視線を落としました。
そこには子供の姿がありました。

僕の姿が氷の表面に映っていたのではありません。
まるでガラス窓を覗くように、見知らぬ子供が向こう側から氷の裏に両方の手のひらを押し付けて、じっと無表情にこちらを覗きこんでいるのです。

身動きすらできずに凝視しつづける僕と目が合っても、その子供は少しも表情を変えませんでした。
頬のこけた青白い顔のなかで、目だけが黒々と大きく、異様な光を宿してこちらを見ていました。

やがて子供は、その血の気が失せた紫色の口を開きました。

『・・・・・・こっちにおいでよぉぉ・・・・・・おいでよぉぉ・・・・ぉぉぉぉ・・・・・』

キイキイと金属をひっかくような何とも気味の悪い声が、氷の上に響きました。
そして子供は僕に向って手を伸ばしてきたのです。
信じられないことに氷の表面から白い指先が何かを探し求めるようにうごめきながら突き出されてきたのです。
やがてその指は、僕の足首をしっかりと握り締めました。
そして次には手首が、腕が、ジワジワと氷の中から現れてきたのです。

僕が覚えているのはそこまでです。

母の話では、誰もいない夕暮れのスケートリンクの上で放心状態ですわりこんでいた僕を管理人が見つけてくれたのだそうです。
そのとき僕は全身冷え切って、目は開いているものの話しかけても反応しない状態で、すぐに運び込まれた病院の先生の話では凍死寸前だったのだそうです。

そのあと僕は一週間ほど入院しました。
退院するほど回復したころには、足首をつかまれたあとの記憶をまったく失っていたのです。

あのあと、僕自身の身に何が起こったのか。
それはいまだに謎のままです。